2016年12月23日金曜日

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「日本奥地紀行」を読む (64) 川島(南会津町) (1878/6/27)

 


引き続き 1878/6/30 付けの「第十二信」(本来は「第十五信」となる)を見ていきます。川島宿を出発したイザベラが、庶民の暮らしがいかに不衛生なものであるかを再認識するところから話は始まります。

不衛生的な家々

まずは服装の話題から始まります。

この人たちはリンネル製品を着ない。彼らはめったに着物を洗濯することはなく、着物がどうやらもつまで、夜となく昼となく同じものをいつも着ている。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.161 より引用)

なるほど、当時の庶民には「寝間着」という概念がそもそも無かったということでしょうか。

夜になると彼らは、世捨て人のように自分の家をぴったりと閉めきってしまう。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.161 より引用)

伝統的な日本家屋は通気性の良さがウリですから、そのままでは東北の寒い夜を越すには問題があるということですよね。でも「自分の家をぴったりと閉め切ってしまう」というのは、気候を考えるとやむを得ないことのようにも思えるのですが……。

家族はみな寄りかたまって、一つの寝室に休む。部屋の空気は、まず木炭や煙草の煙で汚れている。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.161 より引用)

「一つの寝室に休む」というのは、確かに特徴的な光景かもしれません。部屋の空気が暖を取るための木炭やタバコの煙で汚れているというのは、換気扇はおろか煙突すら無かったことに気付かされますね。これは確かに体に悪そうです。

蒲団は日中には風通しの悪い押入れの中にしまっておく。これは年末から翌年の年末まで、洗濯されることはめったにない。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.161 より引用)

むぅ。布団を干すという風習も無かったのでしょうか……? これはちょっと驚きなのですが。

畳は外面がかなりきれいであるが、その中には虫がいっぱい巣くっており、塵や生物の溜まり場となっている。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.161 より引用)

あー、これは程度の差こそあれ、現代の日本においても未解決の問題だったりしますね(特にダニなど)。これにはイザベラもこの先大いに悩まされることになる筈です。

髪には油や香油がむやみに塗りこまれており、この地方では髪を整えるのは週に一回か、あるいはそれより少ない場合が多い。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.161 より引用)

……(汗)。毛ジラミとか凄そうな感じがしますね。敗戦後に GHQ が DDT をバラ撒いたのも理解できる感じがします。

このような生活の結果として、どんな悲惨な状態に陥っているか、ここで詳しく述べる必要はあるまい。その他は想像にまかせた方がよいであろう。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.161 より引用)

……(汗)。

イザベラ姐さんの鋭いツッコミは更に続きます。

家屋の床は、畳に隠れて見えないので、ぞんざいに敷かれているから、板の間に隙間ができている。しかも湿った地面が床下から一八インチか二フィートしか離れていないので、あらゆる臭気が畳を滲み通り、部屋の中に入ってくるのである。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.162 より引用)

「臭気」の件はさておき……。「床下から 2 ft」が気になったのですが、Google さんの計算では 60.96 cm とのこと。これは現代でも割と一般的な高さですよね。

さて、この先はなぜか普及版でカットされた部分です。文体が変わるので一目瞭然だったかも知れませんが……。

飲み水は、家の密集した真ん中に据えられた井戸から汲まれるのですが、このとき確実に汚染されていると思われます。家の中での不潔な処理の直接的影響によるか、あるいは外側の溝からの土壌を通してろ過する際の有機物の分解による目詰りが原因であると考えられます。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.60 より引用)

「有機物の分解による目詰り」というのがちょっと良くわからないのですが、確かに原文にも "choked with decomposing organic matter" とありますね。

農村では決まって、家の戸のところにある地面に埋めた大きな桶に下水が入っていて、ここから蓋のない桶で畑に運ばれます。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.60 より引用)

なるほど、今で言う「肥溜め」のことでしょうか。糞尿を畑の肥料とするためにはどこかに溜めておくしか無いわけで、確かにその不衛生さは言うまでもないことですよね。糞尿以外の家庭排水は近くの小川に流していたんだと思いますが、その辺は残念ながら記載がありません。

早喰い

イザベラの筆致は農民の食生活に移ります。

農民の食物の多くは、生魚か半分生の塩魚と、野菜の漬物である。これは簡単に漬けてあるから不消化である。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.163 より引用)

「不消化である」というのが少々意味不明だったのですが、原文を見ると "indigestible" とあります。これは「消化に悪い」と訳すのが適切かもしれません。

人々はみな食物をものすごい速さで飲みこむ。できるだけ短い時間で食事を片づけるのが人生の目的であるかのようである。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.163 より引用)

ブリテン風の皮肉で締められているあたりが流石ですが、なるほど。優雅に食事を楽しむ、なんて風では無かったということですね。全体に被抑圧感が凄いのですが、これは江戸時代からの伝統だったのでしょうか。

早老

イザベラの興味深い筆致が続きます。

既婚女性は青春を知らなかったような顔をしている。その肌は、なめし皮のように見えるときが多い。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.163 より引用)

この辺は要注意かな、と思ったりもします。というのも、当時の農村の人々には、イザベラが魔女であるかのように見えていたということを差し引かないといけないかな、と思うからです。ただ、イザベラは聡明な人物だったように思えますから、その辺のバイアスを差し引いた上での観察である可能性もあります。……どっちなんでしょうねー?

川島で私は、五十歳ぐらいに見える宿の奥さんに、彼女が幾歳になるか、質問をした《これは日本では礼儀正しい質問となっている》。彼女は、二十二歳です、と答えた。これは私にとって驚きであった。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.163 より引用)

一般的に、アングロサクソンと比較してモンゴロイドは童顔に見えるものだと言われていますよね。アングロサクソンである筈のイザベラが何をどう見間違えたんだ……と思えてしまいます。

私はこれと似た驚きを多く経験している。彼女の男の子は、五歳だというのに、まだ乳離れしていないのである。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.163 より引用)

うーん、これはどういうことなんでしょう。母乳から得られる栄養が不足していたという話なのか、それとも……?



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