2017年4月20日木曜日

次の投稿 › ‹  前の投稿

冬の新日本海フェリー「あかしあ」デラックス A 乗船記(「人道の港」編)

 


敦賀行き「あかしあ」は定刻通りに苫小牧東港フェリーターミナルを出港しました。船内各所を一通りウロウロしたので、部屋に戻ることにしましょう。


この部屋は 639 号室なんですが、あれ、テレビのリモコンには「あかしあ 638」の文字が……(汗)。


それでは、日付も変わりましたので……。おやすみなさい~

新しい朝が来た

約 7 時間経過後、「あかしあ」は秋田県の入道崎沖を順調に南下していました。


ということでおはようございます! 今回は左舷の部屋だったので、朝日が眩しいですね~



コンファレンスルームにて

部屋のテレビで船内各所のサービス時間を確認します。改めて確認するまでもありませんが、5 階のレストランは 8:00~9:00 の営業でしたね。ちょうど 8 時になりましたので、レストランに向かうことにします。


6 階のデラックス A から 5 階のレストランに向かうには、大階段のあるエントランスを経由します。エントランス脇の「コンファレンスルーム」が早くもオープンしていました。中でビデオが流れているようです。


どうやらインタビュー映像のようなのですが、これは敦賀港にある「人道の港 敦賀ムゼウム」の PR ビデオのようでした。一体何のことやら……とお思いの方もいらっしゃるかもしれませんが、第二次大戦中、ナチスに迫害されていたユダヤ人難民に対して日本の「通過ビザ」を大量に発行し続けた杉原千畝さんのことはご存知の方も多いと思います。


杉原千畝さんが発行した「通過ビザ」を手にしたユダヤ人難民は、シベリア鉄道で極東に向かい、その後フェリーで敦賀港にやってきました。敦賀の人たちは着の身着のままのユダヤ人難民を奇異に感じつつも手厚くもてなしたのだとか。

実は、敦賀港が「人道の港」になったのは、第二次大戦のときが初めてでは無かったらしいですね。詳しくは……また、いずれ。

5 階レストランへ

そう、まずはレストランに急がないと!


ということで、大浴場の前を通って緑風会レストラン……じゃなくて Vent Vert にやってきました。


前の記事続きを読む

www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International

0 件のコメント:

最近の記事