2017年6月17日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (446) 「花歌・臼別川・平田内川」

 


やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

花歌(はなうた)

rerke-ota
山向の・砂浜


せたな町大成区久遠の東隣の集落の名前です。「鼻唄」ではありません。それほど大きな集落では無いと思うのですが、更科源蔵さんの「アイヌ語地名解」に記載がありました。

 花歌(はなうた)
 大成町の字名。アイヌ語パナ・オタ(川下の砂浜)の当字と思う。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.22 より引用)

ほう。……ただ、戦前の地形図を見ると、現在の「鼻歌」じゃなくて「花歌」のところには「歌花蓮」と記されています。どうやら元々は「蓮花歌」という地名だったと思われるのですが、そうなると更科説は少々怪しく思えて来ます。

西蝦夷日誌にも記載が見つかりました。

廻りレンケウタ(小澗)、案るにベンケヲタなるや、譯は上の濱也。
(松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(下)」時事通信社 p.14 より引用)

ふむふむ。「レンケ」は「ペンケ」の転訛ではないかと考えたのですね。なんとなく理解できますが、海岸の砂浜に「ペンケ」(上の)「パンケ」(下の)という概念を持ち込むのは確かに少々引っかかる感じもします。あと結果的に更科さんの珍説の真逆の解になっているのが可笑しいですよね。

「竹四郎廻浦日記」には、これまた違う解が記されていました。

此処少しの岬有。人間言にては是をレンケヲタと云。其夷言は荷物に成大なる鮑が多く有ると云事なりと。
(松浦武四郎・著 高倉新一郎・解読「竹四郎廻浦日記 上」北海道出版企画センター p.274 より引用)

「あわび」をアイヌ語で何と言うのか少々謎なのですが、萱野さんの辞書によると aype なのだとか。「レンケヲタ」をどう読むと「荷物に成大なる鮑が多く有る」になるのか、ちょっと理解が追いつきません。

永田地名解には少々気の利いた解が記されていました。

Rereke ota   レレケ オタ   彼方ノ濱 近世蓮花歌ト云フハ訛リナリ
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.143 より引用)

あー。永田っちにしては中々イケてる感じがしますね(超・上から目線)。確かに知里さんの小辞典にも次のようにあります。

rer-ke れㇽケ 【ナヨロ】山向うの所;山陰の所。
(知里真志保「地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.108 より引用)

語彙の採取地が「ナヨロ」なのが少々気になりますが、rerke-ota で「山向の・砂浜」というのは、久遠から見た花歌の地理的特徴に割と合ってるような気がするのですね。割としっくり来るような感じがするのですが、いかがでしょう?

臼別川(うすべつ──)

us-pet
湾・川


熊石から北上してきた国道 229 号は、臼別川にかかる「臼別橋」を渡ると右に向きを変え、そのまま臼別川沿い北東に向かいます。国道は途中で臼別川の支流の「太櫓越川」沿いにルートを変えますが、そのまま臼別川沿いを東に遡ると「臼別温泉」もあるようです。

この臼別も古くからある地名のようで、西蝦夷日誌には次のように記されていました。

過てウスベツ〔臼別川〕(川幅十餘間)名義、往昔土人等多く有し故號く。多川と云義也(クワンレキ申口)。
(松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(下)」時事通信社 p.14 より引用)

ふむふむ。us-pet で「多くある・川」と考えたのですね。一方で永田地名解には次のように記されていました。

Ush pet   ウㇱュ ペッ   灣川 岩内古宇二郡ノ界ニ同名同義ノ川アリアイヌ云「モイペッ」ト同義
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.143 より引用)

あ、なるほど……。同じ usus ですが、確かに「入江」や「湾」という解釈もできます。

山田秀三さんは、上記二説を検討して、次のように記していました。

前説の方は,何が多いのか語がないし,人が多いという意味でウシをそう使うだろうか? 茅沼にも臼別川があり,どっちも入江に注いでいる。まずは us-pet(入江・川)説を採りたい。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.447 より引用)

そうですよね。概ね同感です。

 この臼別川を少し溯ると二股になっていて,右股が本流であるが昔はメナシペッ(東・川)と呼ばれた(西蝦夷日誌)。左股はシュムペッ(西・川)であったが,今は太櫓越川という。水源の山を越すと太櫓川筋に入る。この道は今でも太櫓,瀬棚更に噴火湾と久遠郡を結ぶ唯一の交通路である。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.447 より引用)

ふむふむ。そう言われて見てみると、たしかに「臼別川」の支流として「シユンヘツ」という川が記されています。なるほど、これが現在の「太櫓越川」なんですね。

そして臼別川の源流側に遡ってゆくと「ルウクシヘツ」が見つかりました。鞍部でも標高 950 m を越えるルートではありますが、確かに見市川の流域に出ることができます(もっとも、見市川も日本海側の川なので、太平洋側に出るにはもう一度分水嶺を越えないといけないのですけどね)。

本題に戻りますが、やはり us-pet で「湾・川」と考えるのが妥当なんじゃないかなぁ、と思います。

平田内川(ひらたない──)

pira-ta-nay
崖・そこにある・沢


国道 229 号を海沿いに東南に向かうと「平浜」という集落があり、そこに平田内川が流れています。割と小さな川ですが、「平田内」はそれなりの大地名だったらしく、大正時代には「平田内村」という自治体が存在していたようです。また、どこかのタイミングで「平田内」という地名を「平浜」に改めたようですね。

というわけで、自治体の名前としても集落の名前としても失われてしまった「平田内」ですが、川の名前としては健在です。

話をややこしくしているのが、熊石(八雲町)の東にも「平田内川」があるという点です。熊石の「平田内川」のほうが遥かに大きな川なんですけどね……(汗)。

大成の「平田内」についてですが、永田地名解には次のように記されていました。

Pira ta nai  ピラ タ ナイ  崖ノ北方ノ川 平田内(村、川)ト云フ
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.143 より引用)

ああなるほど。もしかして「平田さん」絡みの地名だったらどうしようと思っていたのですが、pira-ta-nay ではないかと言うのですね。「崖の北方の川」という解は少々謎ですが、pira-ta-nay を「崖・そこにある・沢」と考えることができそうです。

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