2017年6月25日日曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (449) 「見日・人住内川・相沼」

 


やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

見日(けんにち)

kene-us-i
ハンノキ・多くある・もの(川)


八雲と八雲町熊石を結ぶ「雲石峠」という峠があります。雲石峠は国道 277 号が通っているのですが、熊石側は「見市川」沿いのルートを通っています。その「見市川」の河口のあたりが「熊石見日町」です。川の名前は「見市川」(けんいち──)ですが地名は「熊石見日町」(けんにち──)です(色々とややこしい)。

ただ、由来はそれほどややこしくないようで、「竹四郎廻浦日記」には次のように記されていました。

     ケンニチ
人家十五六軒。村名本はケ子ウシと云。赤楊多き地なれば号し也。其を訛りてケンニチと云し由。
(松浦武四郎・著 高倉新一郎・解読「竹四郎廻浦日記 上」北海道出版企画センター p.259 より引用)

なんと、kene-us-i(「ハンノキ・多くある・もの」)が訛って「ケンニチ」になった、という説のようです。

永田地名解にも、ほぼ同じようなことが書いてありました。

Keneni ushi  ケネニ ウシ  赤楊多キ處 和人見日(ケンニチ)ト訛ル
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.147 より引用)

ほう。ただ、この解については山田秀三さんの「北海道の地名」で少々ツッコミが入っていました。

永田地名解は「ケネニ・ウシ。赤楊多き処。和人見日と訛る」と書いたが少し変だ。ふつうケネニと使わない。たぶん,ケネウシ「kene-ush-i はんの木・群生する・者(川)」であったろう。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.443 より引用)

そういや確かに「ケネニ」という表現は聞かないですね。アイヌ語で「木」を意味するとされる語彙の中には、正確には「樹皮」を意味するものが多く、そう言った語彙の場合は明確に「木」を指すために -ni を付加するものがあります(たとえば sikerpesikerpe-ni など)。ただ、kene の場合はそれ自体が「ハンノキ」を意味するので、kene-ni という表現はおかしいよ、ということなのでしょうね。

人住内川(ひとすまない──)

pito-osmak-nay?
小石・うしろ・沢


熊石見日町の南東 2 km ほどのところを流れている川の名前です。その名の通り周りに住居と思しき建物は見当たりません。

手持ちの資料には殆ど記載が見当たらなかったのですが、唯一「竹四郎廻浦日記」に次のような記載が見つかりました。

ヒトシマナイ 稲荷の社有。砂浜
(松浦武四郎・著 高倉新一郎・解読「竹四郎廻浦日記 上」北海道出版企画センター p.259 より引用)

ふむふむ。この「ヒトシマナイ」がアイヌ語由来であることが前提ですが、もしかしたら pito-osmak-nay で「小石・うしろ・沢」あたりでしょうか。

osmak という語彙は比較的珍しいように思えますが、一応知里さんの「──小辞典」にも記載があります。最初は pit-o-suma-nay で「小石・多くある・岩・沢」かと思ったのですが、それだと当初から「ヒトスマナイ」だったことになっちゃいますよね。

相沼(あいぬま)

aynu-oma-nay
アイヌ・そこにいる・沢


旧・熊石町の南部の地名です(熊石相沼町)。「相沼内川」という川が流れていて、川の北側が「熊石相沼町」、南側が「熊石折戸町」です。

川名を見た時点で答が分かったも同然……と思っていたのですが、「竹四郎廻浦日記」には「え?」と思わせる内容が記されていました。

     相沼内村
村名はアイ(蕁麻)多きよりして号しとかや。人家百六十二軒(前私領の頃百八十軒)、人別七百人、馬三十八疋。海産鯡・鱈・烏賊・飽・海鼠・海草類・雑魚多し。
(松浦武四郎・著 高倉新一郎・解読「竹四郎廻浦日記 上」北海道出版企画センター p.258 より引用)

若干余計に引用してみたのは、思った以上に大きな集落だったんだなぁ……と驚いたからで、他意はありません。改めて地図を見てみると、「熊石折戸町」から「熊石相沼町」「熊石館平町」「熊石泊川町」までずーっと建物が続いているんですよね。なるほど、「相沼内村」全体の規模だとしたら、決して誇張でも何でもない数字なのかもしれません。

本題に戻りますと、「相沼内」は ay-oma-nay で「蕁麻・そこにある・沢」ではないかと考えたようです。一方で永田地名解には想定通りの解が記されていました。

Ainu oma nai  アイヌ オマ ナイ  土人居ル澤 相沼内(アイヌマナイ)村ト稱ス「アイノマナイ」ト云フハ急言ナリ
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.147 より引用)

普通はこの解釈になりますよね。山田秀三さんの「北海道の地名」にも、この解を踏襲した内容が記されていました。

アイヌ・オマ・ナイ(アイヌがいる・沢)の急言で,アイノマナイと呼んだ。アイヌは「人」と読むのか,アイヌと読むのか分からないが,この相沼内については,上原熊次郎は「蝦夷の住む沢といふ事。此所長夷の子孫私領の節,正月二日松前に罷出,領主え年賀し候事古例なる由」と書いている。それだと和人が相当入り込んで来た後での地名ということになる。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.443 より引用)

ということで、「相沼」こと「相沼内」は aynu-oma-nay で、「アイヌ・そこにいる・沢」と考えるのが自然かなぁと思います。それにしても、「人住内川」からそれほど遠くないところに「相沼内川」があるというのもなんか面白いですよね。

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