2017年9月9日土曜日

次の投稿 › ‹  前の投稿

アイヌ語地名の傾向と対策 (467) 「頃内川・馬橋川・東萊」

 


やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

頃内川(ころない──)

kor-nay?
持つ・川


知内川の南支流の名前です。それなりに長い川なのですが、「竹四郎廻浦日記」には次のように記されていました。

しばし行、
     コリナイ川 小川
廉(麁)朶橋を懸る。是を福来橋と云也。
松浦武四郎・著 高倉新一郎・解読「竹四郎廻浦日記 上」北海道出版企画センター p.186 より引用)

「廉朶」というのはちょっと意味がわかりませんが、「麁朶」であれば「そだ」と読むのだそうです。木の枝のことだそうですが、木の枝で架けられた橋というのはちょっと謎な感じがします。これは真に受けてはいけない……というか、木の枝が河口部に滞留して橋のようになっている……という意味なのかな、と考えてみたりしました。

「コリナイ」、あるいは「頃内」は kor-nay で「持つ・川」あたりでしょうか。何を持つのかは定かでは無いですが、あるいは木の枝を持つという意味だったりするのかも知れません。

馬橋川(うまばし──)

mu-mak-pet??
塞がる・山手・川


知内川の南側を並流する支流の名前です。一見アイヌ語由来には見えないのですが、「東西蝦夷山川地理取調図」には「ムマハシ」という名前の川が記されています。

まぁ「ムマハシ」が本当にアイヌ語に由来するのかと言われると少々微妙でもあるのですが、mu-mak-pet で「塞がる・山手・川」と解釈できたりはしないかな……なんて(かなり弱気)。

東萊(とうらい)

to-ray-nay?
沼・死んだように流れの遅い・川


知内川の支流に「上東萊川」と「中東萊川」という川があります。「上東萊川」と「中東萊川」は最終的に合流して知内川に注いでいるのですが、最終的には「中東萊川」という名前で知内川に注いでいるのでしょうか(OpenStreetMap ではそのようになっています)。また、OpenStreetMap によると、下流側の知内町上雷のあたりに「下東萊川」も流れているようですね(地理院地図には名前が記載されていません)。

さて、「東萊」は「中東萊川」上流部の地名です。このあたりは頂上が割と平坦な地形になっているので、畑作ができると見込んで開墾した土地のように見えます(もしかしたら畑作ではなく酪農かもしれませんが)。

「東西蝦夷山川地理取調図」には「トウライノ」という記載がありますが、これは「中東萊川」のことと考えて良さそうに思えます。「竹四郎廻浦日記」にも次のように記されています。

しばし行て少し山を越て下る。
     クツレハフ
     トウライノ
小川有。此辺畑少し。鷹取小屋有。此辺え来るや残雪多く、其間ゝより欸冬の台一尺弐尺にも生出たり・両山も少し狭くなりたり。しばし山をこへ、
     ムチイリセ川
川巾五六間。腰限り有。一同歩行わたり。
(松浦武四郎・著 高倉新一郎・解読「竹四郎廻浦日記 上」北海道出版企画センター p.186 より引用)

これを見た感じでは、「クツレハフ」が「下東萊川」で「ムチイリセ川」が「上東萊川」かなぁ、と思わせます。「トウライノ」の流路がやや長めに描かれていることもあるので、「トウライノ」が「中東萊川」と考えていいのではないかなぁ、と。

「トウライノ」をどう解釈するかですが、素直に読み解くと to-ray-nay あたりで「沼・死んだように流れの遅い・川」かなーと思ったりします。

前の記事続きを読む

www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International

0 件のコメント:

最近の記事