2017年9月16日土曜日

次の投稿 › ‹  前の投稿

北海道のアイヌ語地名 (469) 「萩茶里・コモナイ川・ツラツラ川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

萩茶里(はぎちゃり)

hak-ichani
(水深が)浅い・鮭の産卵場
(典拠あり、類型あり)
「道の駅しりうち」から国道 228 号を西に進むと知内川を渡るのですが、この橋の名前が「萩茶里橋」です。橋の手前には「青函トンネル撮影スポット」の看板も出ているので、ご記憶の方もいらっしゃるかもしれません。

1896 年に出版された地形図には「萩砂里」とあります。「茶」と「砂」の違いはありますが、本質的には同じものと見て良さそうですね。

「竹四郎廻浦日記」には次のように記されていました。

     イ テ 川  巾三間斗
     ハギチヤリ
川巾三十余間。また追々岸崩れて広くなるよし也。小石川。馬は歩行わたり、人は船にて渡す。渇水の時は人も歩行にて渡るによろし。是本川すじ也。越て人家二軒。山稼並に渡し守兼る。
松浦武四郎・著 高倉新一郎・解読「竹四郎廻浦日記 上」北海道出版企画センター p.187 より引用)
「川巾三十余間」とありますが、一間を 1.818 m とすると 55 m ほどになりますね。今は堤防が整備されているので川幅は 100 m 以上ありますが、実際に地形図に「流路」として記されているのは最大でも 50 m 程度なので、川の規模としては今と大差なさそうな感じでしょうか。

永田地名解には次のように記されていました。

Hakichani  ハキチャニ  淺キ鮭卵場 今「ハギチヤリ」ト云フ知内川ノ一支
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.152 より引用)
ふむ。hak を「浅い」と解釈する流儀は以前にも見ましたが(ハカイマップ川)、辞書では見ない用法なんですよね……。

と思っていたのですが、知里さんの「──小辞典」にちゃんと書いてありました(汗)。

hak はㇰ ((完)) 浅くアル(ナル)。(対→oho)
(知里真志保「地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.28 より引用)
oho の対義語ということは、水深が浅いという意味になりそうですね(「深い」という意味の語彙は複数あって、「水深が深い」という意味の oho と「深く掘れている」という意味の rawne があります)。

本題に戻りますが、hak-ichani で「(水深が)浅い・鮭の産卵場」と解釈できるのですね。これはちょっとやられた感がありますね……。

「萩茶里」という名前は、現在は橋の名前に残るのみですが、「湯の里」の集落の南西部に「ハギチヤリ」という川がある(あった?)みたいです。「東西蝦夷山川地理取調図」を見ると、現在の「湯の里」の位置に「ハキチヤリ」とあるので、てっきり「湯の里」の旧名が「ハキチヤリ」だったと思ったのですが、どうやらそうでも無いようで……。

コモナイ川

kom(-ni)-o-nay?
柏(・木)・多くある・川
kom-nay?
曲がり・川
(? = 典拠あるが疑問点あり、類型あり)
海峡線の「第一湯の里トンネル」と「青函トンネル」の間を流れる川の名前です。つまり、厳密には萩茶里橋から眺めているトンネルは「青函トンネル」ではなく「第一湯の里トンネル」ということになりますね。

この「コモナイ川」を素直にアイヌ語として解釈すると kom(-ni)-o-nay で「柏(・木)・多くある・川」と読み解けそうです。ただ、この考え方にはちょいと問題もあります。このあたりでは「柏」のことを kom-ni ではなく tun-ni と言うほうが一般的だったと思われるのですね。

ただ、平山裕人さんの「アイヌ語古語辞典」という書物には、次のように記されていました。

 ところが、山田秀三『コンナイという名』では、宮城県の混内山、山形県今内山、金内田、近内川原、福島県近内垣、金内坂(どれもコンナイと読む)を紹介し、カシワ・ナラなどドングリを指した地と考えた。南束北に多い地名となると、ここにヤマト王権が侵入した 6・7 世紀以前の地名かとも思われるが、この形は北海道にほとんどなく、コモナイが唯一残った地名と言えるかもしれない。
(平山裕人「アイヌ語古語辞典」明石書店 p.222 より引用)
この内容から考えると、知内で「柏」を意味する kom という語彙が出てくるのも全然不思議なことではないように思えてきます(地名は往々にして古い語彙が取り残されるものなので)。

もう一つの考え方として、kom-nay で「曲がり・川」と言うのも考えてみました。地名としては {kom-ke}-nay で「曲がっている・川」と解釈したほうが適切かもしれません。

この「コモナイ川」、大局的にはすごく真っ直ぐ流れているんですが、局所的に見ると右に左にと曲がり続けているようにも見えます。他の川と比べて曲がりが大きいかと言うと、うーん、ちょっと多いかも? と言った感じでしょうか(贔屓目入っていたらすいません)。

ツラツラ川

つづら折り?
tur-tur?
垢・垢
tuwar-tuwar?
ぬるい・ぬるい
(? = 典拠あるが疑問点あり、類型あり)
湯の里の西側で知内川に合流する支流の名前です。「竹四郎廻浦日記」には次のように記されていました。

     ツヽラ川
川有、巾七八間。歩行わたり。此処より右え入ると温泉場え行よし。
(松浦武四郎・著 高倉新一郎・解読「竹四郎廻浦日記 上」北海道出版企画センター p.187 より引用)
ふーむ。いや、これをどう読んだものか……。「ツラツラ川」と読むのであればどうってことは無いのですが、これを「ツツラ川」と読むのであれば、ちょっと思い当たる節があります。いや、そのですね、「コモナイ川」と思いっきりかぶるんですが、この「ツラツラ川」も流れが相当右に左に蛇行しているように見えるのですね。まるで「つづら折り」のように……。

「つづら折り」とは関係なくアイヌ語由来と仮定するならば、tur で「垢」という語彙があるそうなので、もしかしたら「垢の多い川」とか……(汗)。いや、この辺って温泉が出るそうじゃないですか。温泉があるということは「湯の花」もあるんじゃないか、それを「垢」と呼んだりしたんじゃないか、という想像です。

もう少しだけ穏当かもしれない解釈として、tuwar-tuwar で「ぬるい・ぬるい」というのも考えられたりしないでしょうか(これも温泉からの連想です)。

前の記事続きを読む

www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International

0 件のコメント:

新着記事