2017年9月23日土曜日

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「日本奥地紀行」を読む (72) 車峠(西会津町) (1878/6/30~7/1)

 


引き続き、1878/6/30 付けの「第十三信」(初版では「第十六信」)を見ていきます。イザベラ一行は、車峠の頂上付近の宿で日曜日を過ごすことにしたようです。

宿の台所

車峠の眺望絶佳の宿を切り盛りしていたのは女主人でした。この女主人のことを、イザベラは次のように評しています。

私の宿の女主人は、未亡人で、家族を養っている。忙しそうに働く好人物で、おしゃべりが大好きである。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.175 より引用)

ふむふむ。今風に言うと「コミュ力の高い」女性だったのでしょうか。

イザベラは、どうやら 6/30(日) を休息日に充てたようですね(読み違いだったらごめんなさい)。「峠の宿屋」も昼間は「峠の茶屋」としての営業に忙しいようです。

日中には、屋根の下の大きな畳座敷は仕切りをとってしまうので、旅人や馬子たちがごろごろしている。車峠をこちらからも向こうからも登ってくる人々は、ここでひと休みをして一杯のお茶と食事をするからである。それで宿の女主人は一日中忙しい。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.175-176 より引用)

さて、本題に移りましょうか。「峠の茶屋」の内装を、イザベラは次のように記していました。

もちろん、家の中には家具というべきものがない。ただ天井に棚があって、神棚となっている。その中に二つの黒い偶像が祀られている。一つは人々の信仰の篤い大黒という富の神である。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.176 より引用)

イザベラはこれまでも何度か「大黒信仰」について記していました。現在でも関西では「今宮戎」にお参りしたりしますが、日本における「商売の神様」の歴史も紐解いてみると面白そうです。

イザベラは、台所にあった売り物の食品についても記していました。記していましたが……

台所用品をのせた棚のほかには、台が一つだけあって、六枚の大きな茶色の皿に売り物の食品が盛られている。黒くどろどろした貝類の佃煮、串刺しの干した鱒、海鼠の佃煮、根菜類のみそ和え、緑色をした海苔のせんべい──いずれも味の悪い不快な食物である。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.176 より引用)

イザベラ姐さん、「味の悪い不快な食物である」って……(汗)。ただ、これは重大な伏線だったのかもしれません。詳しくは後ほど……!

知られざるイギリス

休憩モードのイザベラ姐さんは、コミュ力高めの女主人に頼まれて英語で推薦文?を書くことになったようです。

宿の女主人に頼まれて。私はこの宿屋が見晴らしの良いことを賛美する文章を書いた。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.176 より引用)

ただ、そんな女主人の「外国」の認識は、少々意外なものでした。

女主人はイギリスという国を聞いたことがなく、この田舎では少しも魅力のある言葉ではなかった。アメリカさえも聞いたことのない言葉であった。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.176 より引用)

そう、「イギリス、なんだそれ食えるのか?」状態だったようです。いやでもイギリスですからねぇ。どうせ食うならイタリアとかフランスのほうが……(何の話だ)。

これだけなら、単に外国のことを全然知らないという可能性もあるわけですが、

彼女はロシアが大国であるということを知っている。もちろん中国のことは知っているが、彼女の知識はそこで終わりである。彼女は東京や京都へ行ったことがあるというのに──。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.176 より引用)

日本の近くに「中国」があり、また北方に「ロシア」という大国があることは知っていたということ。イザベラにとっては少々納得の行かない結果だったのかもしれません。

私の朝食が消える

さて、これまたシュールな見出しですが……。一体何があったと言うのでしょうか。

七月一日──昨夜、蚊や蚤が出たが、なんとか眠りこもうとしていたとき、大声で話す声、けたたましい鶏の叫び声で眼をさまされた。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.176-177 より引用)

この「鶏の叫び声」の正体は、動物性タンパクを欲していたイザベラのために、伊藤少年がわざわざ買い付けてきた鶏の叫び声だったようです。本来は鶏卵を産ませるための鶏だったのでしょうが、無理を言って譲ってもらったものなのだとか。

そんなわけで、久しぶりに「肉が食えるぞ!」モードに入ったイザベラ姐さんでしたが……

それで私は、明日の朝食にそれを煮てもらいたい、と言っておいたのだが、今朝になって伊藤は、たいそう申しわけないという顔をしてやってきて、ちょうど彼が鶏を殺そうとしたとき、森に逃げていってしまった、と言うのである。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.177 より引用)

なんと、故意か過失か、鶏を捌く直前に逃げられてしまったのだとか。イザベラ姐さんの恨み節が炸裂したであろうことは想像に難くないわけで……。

そのときの私の気持ちは、十日間も魚や肉や鶏肉を食べずにいることはどんなものか自分で経験した人でなければ分かってもらえないだろう。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.177 より引用)

……お察しします。

その代わりに出たものは、卵と、昨日男が蓆の上で踏んでいた練り粉を細長く切って茄でたもので、粗い麦粉と蕎麦をこねあわせたものである。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.177 より引用)

日本人にとっては香り高い蕎麦も十分にご馳走なんですが、「肉! 肉!! 肉!!!」モードの姐さんにとっては「なんじゃあこりゃああ™」だったのでしょうね。

こんなわけで、私は、食物についてあまりうるさく考えない方がよいと悟った。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.177 より引用)

そんなこんなで、イザベラ姐さんは早くも悟りの境地に達したのでした。



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