2017年9月24日日曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (471) 「日出・縮辺川・兵舞川」

 


やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

日出(ひので)

op-tek-nay??
槍・のような・沢


福島町の中心部から道道 532 号(岩部渡島福島停車場線)を 5 km ほど東に向かったところにある地名で、「日の出川」という川も流れています。

一見すると和名にしか思えないのですが、「角川──」(略──)には次のように記されていました。

地内は江戸期~昭和 17 年までは小日出・大日出(松前国道中記),「日出」の転訛した小筆・大筆(蝦夷巡覧筆記),あるいはヲフテノ沢(初航蝦夷日誌) と称された。
(「角川日本地名大辞典」編纂委員会・編「角川日本地名大辞典 1 北海道(上巻)」角川書店 p.1247 より引用)

「『日出』の転訛した小筆・大筆」とありますが、果たしてこの考え方は適切なんでしょうか。と言うのも、引用部にもあるように「初航蝦夷日誌」には「ヲフテノ沢」とありますし、「竹四郎廻浦日記」には「大筆、小筆」とあります。「ヲフテノ沢」から直接「大筆、小筆」と変化した、と考えても良いように思えるのです。

「東西蝦夷山川地理取調図」には「ヲフテサワ」の隣に「コフテサワ」と記されています。これが「大筆」と「小筆」の原型のように思えますが、元々「ヲフテサワ」があり、そこから「大筆」という地名が創出され、更にそこから「小筆」という派生地名が生まれた……と考えてみました(随分と想像だらけですが、そう考えないとこの項の説が成り立たないもので)。

ということで、現在の「日の出川」が、元々は「ヲフテナイ」だったと想定すると……op-tek-nay で「槍・のような・沢」と考えられたりはしないかな、と。「槍のような沢」というのも相当意味不明ですが、「槍のような」という地名が先にあって、その近くを流れる「沢」なんじゃないかなぁと。

以上、かなりむりやり想像を逞しくして試案をお届けしました(汗)。

縮辺川(しゅくべ──)

supun(-ot)-pet?
ウグイ(・多くいる)・川


知内川上流部の東支流の名前です。知内川の上流部は、不思議なことに福島町に含まれるんですよね。

残念ながら手持ちの資料には参考となる情報が見当たりません。ということでこれまた完全に想像ベースで考えるしか無いのですが、「しゅくべ」という音は七飯町と森町の間を流れる「宿野辺川」と似ているような感じがします。

ということで、supun(-ot)-pet で「ウグイ(・多くいる)・川」と考えてみたのですが、いかがでしょうか。あるいは surku(-oma)-pet で「トリカブトの根(・そこにある)・川」という可能性もあるかもしれません。

明治の頃の地形図には「宿部川」とありました。どうやら元々は「宿部川」だったみたいですね。

兵舞川(ひょうまい──)

so-oma-i?
滝・そこにある・もの


福島川の支流の名前です。面白いことに、「竹四郎廻浦日記」や「東西蝦夷山川地理取調図」には「シヤウマイ」と記されています。更に面白いことには、現在「桧倉川」と呼ばれている川も、元々は「シクラ」だったっぽいんですよね。「ヒ」が「シ」に訛るのは江戸っ子の特徴ですが、ちょうどその逆ということになりますね。

この「シ」から「ヒ」への変化が揺り戻しで無いと仮定して、元々は「ショウマイ」だったと考えると、so-oma-i で「滝・そこにある・もの」と考えられそうです。そう考えて地図を見てみると、まるで図ったかのように滝の所在を示すマークがありますね。まぁ滝なんて大抵の川にあるでしょうから、傍証と考えるには弱いのですが。

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