2017年11月4日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (482) 「苫符沢川・厚志内川・宮越・檜内沢川」

 


やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

苫符沢川(とまっぷさわ──)

to-oma-p?
沼・入る・もの
to-ka-p?
沼・かみて・もの?


上ノ国町桂岡のあたりで天の川に合流している北支流の名前です(ちょっと古めの地図には「苫ッ符沢川」という名前で表記されていました)。現在は川の名前として残っていますが、元々は桂岡のあたりが「トマツプ村」でした。

いかにもアイヌ語由来っぽい感じの名前ですが、肝心の意味は今ひとつ釈然としません。ということで、まずは更科源蔵さんの「アイヌ語地名解」を見てみましょうか。

 苫符川
 天ノ川の右支流。ト・オマ・プは沼にある川の意。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.19 より引用)

おっ、これは想定外にシンプルな解が出てきました。to-oma-p で「沼・入る・もの」と読み解けそうですね。現在の苫符沢川の下流部は人工的に開削されたと思しき流路でほぼ一直線に天の川に向かっていますが、もともとは現在の小森大橋の下流側で天の川と合流していました。今ではこのあたりは水田が広がっていますが、もともとは沼沢地だった可能性もありそうです。

「角川──」(略──)には、もう少し詳しい記載がありました。

 とまつぷむら トマツプ村 <上ノ国町>
〔近世〕江戸期~明治 2 年の村名。江戸期は西在江差付村々のうち。トカップ・トカフ・トマフともいい,豊部・苫府村・苫符村とも書いた。
(「角川日本地名大辞典」編纂委員会・編「角川日本地名大辞典 1 北海道(上巻)」角川書店 p.975 より引用)

確かに「竹四郎廻浦日記」には「苫府村」とあります。また「東西蝦夷山川地理取調図」には「トコフ」とあるように見えますが、あるいは「トマフ」の誤記である可能性もありそうです。

地名の由来には,アイヌ語のトカプ(沼の上手の岸辺の意)による説(北海道の地名),トマム(湿地・沼地の意)による説(地名アイヌ語小辞典)などがある。
(「角川日本地名大辞典」編纂委員会・編「角川日本地名大辞典 1 北海道(上巻)」角川書店 p.975 より引用)

ふーむ。to-ka-p で「沼・かみて・もの」と読み解いたのでしょうか(なんだか十勝ワインっぽいですね)。あっ、tomam で「湿地」という、どストレートな解もアリかもしれませんね。

「トマップ」が原音に近いのだとすると、更科説の to-oma-p は大変魅力的なのですが、「トカップ」あるいは「トカフ」という音がオリジナルだと考えると to-ka-p も俄然有力に思えてきます。……今日のところは両論併記ですかね。

厚志内川(あつしない──)

at-us-nay
オヒョウ(楡)・多くある・沢


上ノ国町宮越には「宮越内川」という川が流れていますが、その西隣を流れる支流の名前です。地形図で見たところでは、中流部はかなり両側から切り立った崖が迫っているような感じですね。

この厚志内川について、更科源蔵さんの「アイヌ語地名解」には次のように記されていました。

 厚志内川(あっしないがわ)
 天ノ川の左支流。アイヌ語アッ・ウㇱ・ナイは、厚司を織るおひようの木の多い川の意。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.19 より引用)※ 原文ママ

あっ……。割とそのままの感じでした。at-us-nay で「オヒョウ(楡)・多くある・沢」のようですね。念のため山田秀三さんの「北海道の地名」も見ておきましょうか。

厚志内川 あつしないがわ
 天ノ川の中流に南から注いでいる川の名。アトゥㇱ・ナイ(at-ush-nai おひょう楡・群生する・川)であったろう。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.440 より引用)

あっ……(以下同文)。

宮越(みやこし)

和名?
i(e)-yam-us-nay
そこに・栗の木・多くある・沢


厚志内川の 1 km ほど東を「宮越内川」が流れています。宮越内川が天の川と合流するところ(川の南東側)に「宮越」の集落があります。かつて JR 江差線の「宮越駅」がありましたが、駅は宮越橋を渡った先(川の北側)にありました。ですので駅前は割と閑散とした感じでした。

ということで、まずは「北海道駅名の起源」を見てみましょう。

  宮 越(みやこし)
所在地 (渡島国)桧山郡上ノ国町
開 駅 昭和39年12月30日 (客)
起 源 この地の字(あざ)名「宮越」からとったものである。
(「北海道駅名の起源(昭和48年版)」日本国有鉄道北海道総局 p.17 より引用)

うん。それは知ってた(にっこり)。

気を取り直して。「角川──」(略──)には次のように記されていました。

地名の由来は,天ノ川沿いに芳堀,上ノ沢を経て湯ノ岱に至る旧道がありそれが稲荷神社の脇の丘を越えていく道筋であったという説,アイヌ語のイーヤムウシナイ(栗の木の多い沢・川)が宮越に転訛した説などがある。江戸期は松ノ木と称したが,元禄13 年の檜山絵図(写)には宮越内沢がイヤムシナイ沢とある。
(「角川日本地名大辞典」編纂委員会・編「角川日本地名大辞典 1 北海道(上巻)」角川書店 p.1482 より引用)

んっ、あ、確かに神社の脇を抜ける峠道があり、それは東に向かう最短ルートでもありますね。よって宮越……という説もなかなか説得力がありますが、一方で「イヤムシナイ沢」という記録の存在も無視できません。

i(e)-yam-us-nay であれば「そこに・栗の木・多くある・沢」となります。さて、和名かアイヌ語由来か、どっちでしょうねぇ……?

檜内沢川(ひないさわ──)

pit-nay
小石・沢


宮越の東で天の川に合流している北支流の名前です。「竹四郎廻浦日記」には「ヒナイ川」という名前の川が記録されています。

永田地名解にはこんな記載がありました。

Pit nai  ピッ ナイ  石川
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.149 より引用)

この記載が「檜内沢川」のことであるか否かはちょっと確認のしようがありませんが、考え方としては間違っていないんじゃないかなと思います。pit-nay で「小石・沢」と考えていいのではないでしょうか。

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