2017年11月12日日曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (485) 「ハシノスベツ川・常丹・砂蘭部川」

 


やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

ハシノスベツ川

{has-inaw}-us-pet
{枝つきのイナウ(木幣)}・多くある・川


八雲駅の南に「航空自衛隊八雲駐屯基地」がありますが、「ハシノスベツ川」は基地の敷地の南東側を流れています。

まずは「北海道地名誌」を見てみましょうか。

 ハシノスベツ川 八雲市街東南で海に入る小川。意味不明。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.120 より引用)

まぁ、いつものことですから、別段驚くにはあたりません。ところが意外なことに、更科源蔵さんの「アイヌ語地名解」にこんな記載がありました。

 ハシノスペツ川
 八雲市街の東南で海に入る小川。ハシ・ノシキ・ペッなら灌木の真中の川であるが。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.17 より引用)

毎度のことながら、余韻を残す形で締めるのが流石ですね。

更科説はヒントになったとは言え、このままでは何か変な感じがします。ということで明治の頃の地形図を見てみたところ、「ハシヌス川」と記されていることがわかりました。あっ、なるほど。これは {has-inaw}-us(-pet) ではないでしょうか。{has-inaw}-us-pet で「{枝つきのイナウ(木幣)}・多くある・川」と読めそうです。

常丹(とこたん)

tu-kotan
廃・集落


ハシノスベツ川とその支流である「一ノ沢川」を遡った先にそびえる山の名前です。なお、ハシノスベツの東側(道央道の南側)に「熱田」という集落がありますが、もともとは「常丹」という名前でした。

永田地名解に記載がありましたので、見ておきましょう。

Tu kotan  ト゚ コタン  廢村 根室國西別ノ「ト゚コタン」及忍路郡ノ「ト゚コタン」ハ並ニ廢村ノ義ナレトモ厚岸ノ「トコタン」斜里郡ノ「トコタン」ハ沼村ノ義ナリ(To)ト(Tu)ト發音同ジカラズ義又異ナリ
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.163 より引用)

「トコタン」という地名は道内あちこちにあるのですが、to-kotan (沼・集落)と tu-kotan (廃・集落)の可能性があるんでしたね(あと tu-kotan で「二つの・集落」と解するケースもあるようです)。

八雲の「常丹」は tu-kotan で「廃・集落」では無いかとのこと。「二つの──」という伝承が無い限りは、そう捉えて間違いないのかなと思います。

砂蘭部川(さらんべ──)

sara-un-pe?
尾・ある・もの(川)
sar-un-pe?
葭原・ある・もの(川)


遊楽部川の支流の名前で、道央道・八雲 IC のあたりで南から遊楽部川に合流しています。sar-un-pe で「葭原・ある・もの(川)」だろう……と思っていたのですが、少し違った形で伝わっているようです。

「東蝦夷日誌」には次のように記されていました。

サラベ(左、川幅七八間)名義、終りの義也。此川第一川下に有る故也。
松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(上)」時事通信社 p.15 より引用)

sara を「(動物の)尾」と解したのですね。sara-un-pe で「尾・ある・もの(川)」と言うことでしょうか。なるほど、川を擬人化すれば河口は「尻」になるなんて話もありますが、そう考えると砂蘭部川は尾骶骨あたりに位置するような気もしないでも無いです。

永田地名解も「東蝦夷日誌」の解を踏襲していました。

Sara un pet  サラ ウン ペッ  尾川 此川ハ「ユーラプ」川ノ支流ノ内ニテ一番川下ニアルヲ以テ此名アリ
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.163 より引用)

ふーむ。両大家が揃って「尻尾にあるもの」説を推していると、なかなか他の説を持ち出しづらくなりますね。ただ、山田秀三さんは「北海道の地名」にて、東蝦夷日誌と永田地名解の説を紹介した上で、次のように記していました。

サランペ「sara-un-pe 尾・にある・者(川)」と理解すべきか。もしかしたらサルンペ「sar-un-pe 葭原・にある・者(川)」の転訛であったかもしれない。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.417 より引用)

やっぱりそう考えたくなりますよね。sar-un-pe で「葭原・ある・もの(川)」の可能性も十分あると思います。

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