2018年1月27日土曜日

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北海道のアイヌ語地名 (503) 「若生・長流川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

若生(わっかおい)

wakka-o-i
水・ある・ところ
(典拠あり、類型あり)
エントモ岬の北東のあたりの地名です。正確には伊達市若生町(──ちょう)のようですね。同名の「若生」が石狩市にもあるようです。

永田地名解には次のように記されていました。

Wakka-o-i  ワㇰカ オイ  水處 淸水ノ湧ク處ナリ
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.184 より引用)
あー、wakka-o-i で「水・ある・ところ」と考えたのですね。至極妥当な解のように思えます。

山田秀三さんの「北海道の地名」でも、いつもの名調子を披露されていました。

wakka-o-i(水・ある・処)の意。今どうなっているか,昭和 30 年通った時には,僅かに低い沢形の処が道路を横切っていて,そこに幅 40 センチぐらいの小溝が流れていた。
 付近の農家で聞くと少し山側で水が湧いて流れているが,僅か下ると地中に消えている。この辺の農家は飲み水も風呂の水もここから汲む外ないのだとのこと。手ですくって飲んだら実にうまかった。正にワッカオイであった。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.409 より引用)
若生のあたりは段丘の上なので、水は貴重なものだった筈です。そんなところの湧き水ですからとても貴重なものだったことでしょう。地名になるのも頷ける話です。

長流川(おさる──)

o-sar(-un)-pet
河口に・葭原(・ある)・川
(典拠あり、類型あり)
室蘭本線の伊達紋別駅と長和駅の間に「長流川」が流れています。ということで「北海道駅名の起源」を見てみましょうか(あっ、この流れは……)。

  長 和(ながわ)
所在地 伊達市
開 駅 昭和 3 年 9 月 10 日
起 源 もと「長流(おさる)」といったところで、アイヌ語の「オ・サル・ウン・ペッ」(川口にヨシ原のある川)から出たものである。昭和 34 年 10 月 1 日「おさる」はお猿に通ずるので「長和」と改めた。
(「北海道駅名の起源(昭和48年版)」日本国有鉄道北海道総局 p.66 より引用)
いやー、豊浦あたりだと「ごろが悪いので」とか良くわからない理由が並んでいましたが、長和の改称理由は実に明快でした。「おさる」は「お猿」に通じるから改称した、ということなんですね。

o-sar-un-pet で「河口に・葭原・ある・川」となりますが、「竹四郎廻浦日記」には次のように記されていました。

     ヲサルヘツ
地名ヲサルペツはヲサラヘツの訛と云り。川尻に谷地有ると云事なりとかや。
松浦武四郎・著 高倉新一郎・解読「竹四郎廻浦日記 下」北海道出版企画センター p.568-569 より引用)
文法的には o-sar-un-pet が正しい(のではないか)とされますが、松浦武四郎の時代には既に -un が脱落していたのかもしれませんね。「──駅名の起源」が -un を含む形で記録しているのは、知里さんのこだわりの所為かな、と思ったりします。

山田秀三さんの旧著「北海道の川の名」には、次のように記されていました。

「駅名の起源」が、O-sar-un-pet と un(ある)を挿入して書いているのは、文体にやかましい知里さんが参加したためか。
(山田秀三「北海道の川の名」モレウ・ライブラリー p.168 より引用)
あ、やはり……(笑)。ただ、山田さんが現地でヒアリングした限りでは

彼女の音は、なん度聞いてもオサーㇽ ペッ(osárpet)で、間に un はない。
(山田秀三「北海道の川の名」モレウ・ライブラリー p.168 より引用)
とのこと。

O-sar-un-pet は語義を説明するために、ていねいな形に復原して書かれた、と理解したい。
(山田秀三「北海道の川の名」モレウ・ライブラリー p.168 より引用)
そうですねぇ。山田さんの包容力を感じるまとめ方だなぁと思ってしまいます。

永田地名解の検討

ところが、永田地名解にはこれとは全く違う解が記されていました。

Osare pet  オサレ ペッ  急流川(ハヤカハ) 直譯投ゲル川、土人云急流ニシテ物ヲ投ゲルガ如シ故ニ名ク此処ノ土人ハ「投ゲル」ヲ「オサレ」ト云ヒ「オシユラ」トモ云フ(長流村)
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.184 より引用)
「投げる」を意味するという「オサレ」という語彙は見つけられなかったのですが、osura であれば確かに「投げる」という意味のようですね。osura-pet で「投げる・川」だと言うのですが……。

山田秀三さんは、この「投げる川」説について次のような感想を記していました。

永田地名は、他地にあった多くの類型地名では、サㇽを「茅」で訳しているのに、どうしてここだけは、オサレとして、土地の方言「投げる」としたのだろうか。土地のアイヌの説を聞いて書いたのであろうが、少なくとも異例な解である。
(山田秀三「アイヌ語地名の輪郭」草風館 p.71 より引用)
その上で、長流川が「急流」であるとした解についても

 この川はずっと上流まで見て来たが、緩流ではないが、特別な急流とも思えない。まあ普通の長流である。
(山田秀三「アイヌ語地名の輪郭」草風館 p.71 より引用)
として、「まだ賛成できないのであった」としています。

東蝦夷地名考の検討

そして、山田さんの著作から、「長流川」の地名解については秦檍丸(村上島之允)も謎な解釈を残していたことを知りました。

一 ヲサルベツ
 ヲシヤラベツ也。シヤラは禽獣魚虫の尾を指して皆シヤラと云。此河の源にウストウと云大湖あり。その湖を躰と見、川を尾と見たるなるへし。
(秦檍麻呂「東蝦夷地名考」草風館『アイヌ語地名資料集成』p.20 より引用)
確かに sar には「尾」という意味もあるんですよね(八雲の砂蘭部川でも出てきたでしょうか)。地名擬人化という意味では面白い解ではあるのですが、山田さんはこの解についても次のような感想を記しています。

 註釈をつければ、先ず秦氏の解は、私たちが同じ種類の地名を見て来た関係でいうと異例で、この処はアイヌ古老には相談していなかったらしい。
(山田秀三「アイヌ語地名の輪郭」草風館 p.71 より引用)
山田さんは「異例」としていますが、sar(a) を「尾」と解釈したケースは、前述の「砂蘭部川」もそうでした。ですので、全く例が無いというわけでは無さそうです(まぁ sar を「葭原」と解釈する例と比較すると、比べ物にはならないくらい「異例」ではありますが)。

自分の知っているアイヌ語で解をつけて書いたとしか思えない。私は賛成できない解し方である。
(山田秀三「アイヌ語地名の輪郭」草風館 p.71 より引用)
おや、珍しく厳しいですね。まぁでも確かに「これは無いよなぁ」という風に感じられるのも事実です。一周まわって「砂蘭部川」との類似性を考えたりしたら面白いかもしれないなぁ……と思ったりもします。

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