2018年1月28日日曜日

次の投稿 › ‹  前の投稿

アイヌ語地名の傾向と対策 (504) 「紋別川・志門気川・気門別川」

 


やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)


紋別川(もんべつ──)

mo-pet
穏やかな・川


伊達紋別駅のすぐ東側を流れる川の名前です。ということで今回も「──駅名の起源」から。

  伊達紋別(だてもんべつ)
所在地 伊達市
開 駅 大正 14 年 8 月 20 日
起 源 もと「紋鼈(もんべつ)」といったところで、アイヌ語の「シュムンペッ」、すなわち「シュム・ウン・ケ・モン・ペッ」(西にあるところの子川)から出たものである。明治初年伊達邦成一族の開拓によるところであるため、明治 33 年伊達村と改称した。駅名は東北本線の「伊達」とまぎらわしいため、「伊達紋別」としたのである。なお「鼈」を「別」としたのは、字画を簡単にしたものである。
(「北海道駅名の起源(昭和48年版)」日本国有鉄道北海道総局 p.67 より引用)

「竹四郎廻浦日記」にも記載がありましたので、見ておきましょうか。

     ヲ(キ)モンベツ
     モンベツ
川巾十余間、橋有。此川橋の上にて直に二瀬に分る。其南なるをメナシユンケモンヘツ、少し上りシイノシケモンヘツ、西なるをシユムンケモンベツと云。
松浦武四郎・著 高倉新一郎・解読「竹四郎廻浦日記 下」北海道出版企画センター p.568 より引用)

伊達市役所のすぐ西側を「紋別川」が流れていて、更に数百メートルほど西を「気門別川」が流れています(この両河川は海に注ぐ直前で合流しています)。なるほど、竹四郎廻浦日記が記していたのはこの両河川のことだったのですね。そして伊達紋別の駅に近いのは西側を流れる「シユムンケモンベツ」だったので、「──駅名の起源」の説明が随分とややこしいものになってしまった、ということでしょうか。

さて、肝心の地名解について触れていませんでしたので、永田地名解を見ておきましょうか。

Menash unge mopet  メナシュ ウンゲ モペッ  東ノ靜謐川(西紋鼈村)
Shum unge mo pet   シユㇺ ウンゲ モペッ   西ノ遅流川(東紋鼈村)
Shinnoshike mo pet  シンノシケ モペッ     中ノ靜謐川
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.184 より引用)

色々と謎な解が出てきました。まずどれも mo-pet だと思われるのですが、解が「静謐川」だったり「遅流川」だったり揺れが生じています。menassum、あるいは sinnoskimo-pet にかかっている位置(を示す)名詞の筈なので、後ろの mo-pet の解釈は本来揺れる筈も無いのです。

ちなみに、どっちが正解なのかと言えば……どっちも正解です(ぉぃ)。「静謐」と解釈するも良し、「遅流」と解釈するも良しですし、あるいは「平穏な」と解釈するのも良いかもしれません。今回は mo-pet で「穏やかな・川」としておきましょうか。

志門気川(しもんけ──)

sum-kus-{mo-pet}?
西・通行する・{紋別川}
sum-{un-ke}-{mo-pet}?
西・{そこに入れる}・{紋別川}


紋別川の西隣を「気門別川」という川が流れていますが、この「気門別川」を上流に遡ると、道央道の北側で「志門気川」が合流しています。志門気川は気門別川の支流ということになりますね。それにしても「志門気」と「気門別」、うっかり順序を間違えたりしないのでしょうか。

「竹四郎廻浦日記」の記載を再度引用しておきましょうか。

     ヲ(キ)モンベツ
     モンベツ
川巾十余間、橋有。此川橋の上にて直に二瀬に分る。其南なるをメナシユンケモンヘツ、少し上りシイノシケモンヘツ、西なるをシユムンケモンベツと云。
(松浦武四郎・著 高倉新一郎・解読「竹四郎廻浦日記 下」北海道出版企画センター p.568 より引用)

環境にやさしいコピペでお届けしました(ぉぃ)。これを見た感じでは、「ヲモンベツ」(「キモンベツ」の可能性が高い)の別名?が「シユムンケモンベツ」だったとも読めそうですね。

ちなみに「東西蝦夷山川地理取調図」には「モンヘツ」の支流として「シユンクシモンヘツ」「シノマンモンヘツ」「メナシクシモンヘツ」が記されています。気門別川に相当するのは「シユンクシモンヘツ」になりますが、これだと sum-kus-{mo-pet} で「西・通行する・{紋別川}」と読み解けそうです。

「シユンクシモンヘツ」と「シユムンケモンベツ」は、似てはいますが若干の違いがあります。この違いについては山田秀三さんの旧著「北海道の川の名」にまとめられていました。

 この川は、海浜で三つの川が合流していて珍しい姿であった(現在は、東側の川は海に直流されている)。「永田地名解」は次の形に記録している。
 Shumunge-mopet (西の静かな川)
 Shinnoshke-mopet (中の  〃  )
 Menashunge-mopet (東の  〃  )
 こう呼んでいたのかもしれないが、ふつうの用例では、この ge(ke)は入らない。ただ Shumun-Mopet(西の・紋別川)Menashun-Mopet(東の・紋別川)である。
(山田秀三「北海道の川の名」モレウ・ライブラリー p.167 より引用)

山田さんは「ふつうの用例では、この ge(ke)は入らない」としています。概ね同感ですが、un-ke という用法も皆無では無いという認識です(たとえば安平町の「フモンケ」とか)。sum-{un-ke}-{mo-pet} で「西・{そこに入れる}・{紋別川}」と読めなくは無い……でしょうか(かなり弱気)。

気門別川(きもんべつ──)

kim-un-pet
山・そこに入る・川


前述の通り、紋別川の西隣を流れる川の名前です。お隣は「紋別川」ですが、こちらは「気門別川」です(「モン」の字が異なります)。また、気門別川の上流部には「喜門別町」という地名もあります(こっちは「キ」の字が異なりますね)。随分とややこしいですが、うっかり字を間違えたりしないのでしょうか。

この「気門別川」は、元々は「志門気川」の支流だった可能性が高そうなのですが、いつの間にか主客転倒してしまった感じでしょうか。

山田秀三さんの旧著「北海道の川の名」には、やや意外な解が記されていました。

 西の紋別川の近くに駅ができて西紋別駅と呼ばれたが、今は伊達紋別となった。その川を現在気門別川と呼ぶ。気門別(喜門別)は、この川の上流、東股の川の名であったようだ。このへんではキムンが「きもん」に訛る。キムン・ペッ「Kim-un-pet 山・の(に入る)・川」の意。それが気門別の地名となり、後に西の紋別川の名として使われたものであろう。
(山田秀三「北海道の川の名」モレウ・ライブラリー p.168 より引用)

「西紋別駅と呼ばれたが」という部分については事実関係を確認できませんでしたが、元々は「西紋別」という名前だったのか、それとも山田さんが「西紋別村」と混同していたというオチでしょうか(後者の可能性もあるかと)。

本題に戻りますが、気門別は kim-un-pet で「山・そこに入る・川」ではないかとのこと。考えてみれば極々当たり前の解なのですが、気門別の「門別」(……m-un-pet)と「紋別」(mo-pet)が全く異なる意味だ、というのは意外な感じがしませんか?

前の記事続きを読む

www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International

0 件のコメント:

新着記事