2018年3月1日木曜日

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三江線各駅停車 (37) 「乙原」

 

石見簗瀬から次の「乙原」までは 2.9 km ほどの距離で、列車はこの区間を 6 分ほどで走ります。表定速度は 29 km/h ということになりますが、カーブあり崖下区間ありですから、まぁ仕方ないでしょうか。
右手に保育所が見えてきた……と思ったのですが、Google Map を見ると名前が「株式会社──」となっています。保育所の跡地がそのまま会社の建物に流用されている……のかもしれませんね。
石見川本行きの 424D が速度を落としました。乙原の「駅前広場」が見えてきましたね。

乙原駅(おんばら──)

前述の通り、乙原駅は石見簗瀬から 2.9 km しか離れていませんが、1935 年(昭和 10 年)に三江線が石見川本から石見簗瀬まで延伸された際に同時に開業しています。昨年の時点で 82 歳を迎えたことになりますね。
駅舎=待合室なんですが、既製品(失礼!)とは違った良さの感じられる駅ですね(既製品は既製品で味があって嫌いではありませんが)。
決して大きな駅では無い……というか、見ての通りの小さな駅なんですが、乗車人員は 2004 年までずっと二桁を維持していたというのは大したものですよね。2015 年の調査では「4 人」とのこと。少ないながら定期的な利用があるようです。

例のアレ「帯舞」

乙原駅の「例のアレ」こと「三江線神楽愛称駅名」は「帯舞」(おびまい)とのこと。どことなく北海道っぽい字面の演目ですが……。
ぶらり三江線WEB」の「神楽愛称駅名 演目解説」によると、この「帯舞」は「帯を持って舞う儀式舞」とのこと(割とそのまんま……)。さて、「乙原」との関連が気になるところですが……

地元神楽社中の乙原舞子連中は稀曲「帯舞」を保有。
おおお! なんだかよくわからないですが、なんか凄そうな感じがします! 地元に神楽のユニットがあってオリジナル曲がある……と考えると、なんか凄そうじゃないですか? いや、よくわかりませんけど(汗)。

江の川の跡?

さて、この「乙原」という土地ですが、地理的にもちょっとおもしろい形をしています。まずは地形図から。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
この地形図を見て「ははーん、なるほどね!」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。この乙原駅のあたりですが、昔は江の川が流れていたと思われるのですね。
今はこんな感じで、江の川は随分と西のほうを流れています。巨大な S 字カーブだったのが、「S」が「6」になってしまったと思われるのです。
奥の方に県道のトンネルが見えますが、現在はトンネルの左側に江の川が流れています。かつては山だった筈ですが、今は切り開かれて川が流れています。

バイパスしたのは誰?

ここでわからないのが、この川の流れの変化は人為的なものなのか、あるいは自然的なものなのか、という話です。人為的なものだとすると旧河道がある筈なのですが、乙原駅の近くの旧河道だったと思しきところにも建物があるように見えます。石狩川などで見られる「三日月湖」に相当するものが見当たらないのですね。

ただ、これだけの豪快なバイパスルートが自然に形成されるものなのかと言われると、それもちょっと疑問に思えます。現地の地形を考えると、少なく見積もっても 2~30 m くらいの高さの山が江の川の行く手を塞いでいた筈なのですね。

もしかしたら……江戸時代あたりに「農地拡大」と「水害対策」という名目で人力で切り開いたりしたのかな……と想像していたりします。どなたか真相をご存知であればご教示いただきたく……。
三江線は再び江の川沿いに戻ってきました。これだけの水量のある川ですから、もしかしたら小山の一つや二つくらい崩せるのかもしれませんけどね。

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