2025年11月21日金曜日

北海道のアイヌ語地名 (1310) 「クトエウシュナイ沢川・ペンケナ川」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

クトエウシュナイ沢川

top-tuye-us-nay
竹・切る・いつもする・川
(旧地図に記載あり、既存説、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
高見ダム(静内川)のダム湖「高見湖」に南から注ぐ支流です。『北海道実測切図』(1895 頃) には何故か「トップト゚エウㇱュナイ」と描かれているように見えます。


東西蝦夷山川地理取調図』(1859) にも「トツトエウシ」という川が描かれています。戊午日誌 (1859-1863) 「志毘茶利志」には次のように記されていました。

また少し上りて
     トフトエウシナイ
右の方小川也。其名義はくまざき多く有るよりして号るとかや。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下』北海道出版企画センター p.616 より引用)※ 原文ママ
「くまざき」は「くまざさ」の誤字だと思われるのですが、それはさておき。なるほど、top-tuye-us-nay で「竹・切る・いつもする・川」と読めそうですね。現在の「クトエウシュナイ沢川」は、「トㇷ゚」を「ク」に誤読してしまった……ということでしょうか。珍しい誤読かもしれませんが、あり得ない話でも無さそうな気もします。

ペンケナ川

penke-hokay-nutap-nay?
川上側の・曲がり角・川の湾曲内の土地・川
(? = 旧地図に記載あり、既存説、類型未確認)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
高見ダム(静内川)のダム湖「高見湖」の東部に北から注ぐ支流ですが、地理院地図には川として描かれていません(川名は国土数値情報による)。『北海道実測切図』(1895 頃) には「ニナラクㇱュケクㇱュナイ」と描かれているように見えます。


ただ不思議なことに 『東西蝦夷山川地理取調図』(1859) には「ペンケナ川」あるいは「ニナラクㇱュケクㇱュナイ」に相当しそうな川は見当たりません。

「ヘンケホカエヌタフナイ」とは

僅かでも可能性がありそうなのは、『戊午日誌』(1859-1863) や『東西蝦夷山川地理取調図』が記録した「ヘンケホカエヌタフナイ」でしょうか。位置的には「ペンケナ川」の対岸、高見湖東部の南側に注ぐ川だったと見られます。

永田地名解 (1891) には次のように記されていました。

Hokai nutap nai    ホカイ ヌタㇷ゚ ナイ    蜿曲ノ野川
Penke hokai nutap nai ペンケ ホカイ ヌタㇷ゚ ナイ 上ノ曲リ川
永田方正北海道蝦夷語地名解』国書刊行会 p.255 より引用)
また戊午日誌「志毘茶利志」にも次のように記されていました。

またしばしを過て
     ホカエヌタフナイ
右の方小川。其名義は左右互に行と云様成沢のよし也。またしばし過て
     ヘンケホカエヌタフナイ
右の方小川。其名義前に云ごとし。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下』北海道出版企画センター p.616-617 より引用)
頭註によると okay は「多くの」だとありますが、okay は「多くある」という意味の完動詞なので、penke-okay-nutap-nay で「川上側の・多くある・川の湾曲内の土地・川」ということでしょうか。ちょっと文法的におかしい気がするのですが……。

hokai という語の正体が謎ですが、手元の辞書類を眺めてみたところ、なんとドブロトヴォールスキィの『アイヌ語・ロシア語辞典』(2022) に次のような記載がありました。

Khokaj. (名) 曲がり,曲がり角.
okaj a ru, 曲がった,曲がりくねった道.
(寺田吉孝・安田節彦・訳『M.M.ドブロトヴォールスキィのアイヌ語・ロシア語辞典』共同文化社 p.801 より引用)
ドブロトヴォールスキィの辞書は他の辞書からの引用が多く、それを批判的に語られることもあるのですが、これは引用元の明記が無いので、ドブロトヴォールスキィ自身が採取した語彙だった可能性がありそうです。

khokaj は「曲がり角」を意味する名詞だと言うのですが、これだと文法的な違和感もほぼ解消されます。hokay-nutap だと名詞が続くことになりますが、これは {hokay-nutap} で事実上ひとつの単語と見なせるのかもしれないので。

例文もちょっと印象的で、これは khokaj-okaj-a-ru でしょうか。khokaj が「曲がり」で okajokay、つまり「多くある」であるかのように読めます(続く a の正体が不明ですが)。単に韻を踏んだ表現なのか、それとも元は同じ語だったということなのか……?

penke-hokay-nutap-nay を逐語的に書けば「川上側の・曲がり角・川の湾曲内の土地・川」ということになるでしょうか。松浦武四郎が記録した「ホカエヌタフナイ」と「ヘンケホカエヌタフナイ」は、その後の『北海道実測切図』では消え失せているのですが、これは「ホカエ」が静内では既に死語になっていたということかもしれません。

ただ「ヘンケホカエヌタフナイ」という川がこのあたりにあった……という曖昧な記憶だけが残り、意味が判然としない「ホカエヌタフ」をバッサリ切り落として「ペンケナイ」となり、何故か「イ」まで落ちて「ペンケナ川」になった……というのは、流石に想像が過ぎるでしょうか(汗)。

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