2026年7月3日金曜日

北海道のアイヌ語地名 (1403) 「健城・シモカナイ橋」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

健城(けなしろ)

kenas-oro
林の中の谷地・のところ
(旧地図等に記載あり、既存説、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
むかわ町豊城の、かつて国鉄富内線の豊城駅があったあたり、道道 983 号「米原田浦線」の北に小さな山があり、その山頂付近に「健城」という名前の三等三角点が存在します(標高 49.8 m)。現役の地名ではないものの、三角点の名前としては現役ということになりますね。

陸軍図には、豊城駅の位置に「かみむかは」と記されていて、駅の西側に「毛奈城」とあります。


不思議なことに、北海道実測切図 (1895 頃) にはそれらしい地名や川名は見当たりませんが、『東西蝦夷山川地理取調図』(1859) には「ケナシヨロ」と描かれていました。


戊午日誌 (1859-1863) 「武加和日誌」には次のように記されていました。

また同じくしばし屈曲を上りて
     ケナシヨロ
西岸也。此処少しの平地有。其処に小川有。名義は此処樹木陰森たる沢山の間の平地にして、谷地有る処と云り。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中』北海道出版企画センター p.499 より引用)
どうやら kenas-oro と見て良さそうな感じですね。kenas は毎回判断に悩む語で、『地名アイヌ語小辞典』(1956) にも「川ばたの木原」「かんぼくの木原」「湿原;やち気のある野原」「ふつうの原野」「木原;木の生えた景色のよい所」「ユリやギョージャニンニクなどの生えている多少やち気のある林野」「川沿いの林野」と列挙されています。

松浦武四郎は「樹木陰森たる沢山の間の平地」「谷地有る処」としているので、kenas は「林の中の谷地やち」と言ったところでしょうか。kenas-oro であれば「林の中の谷地・のところ」と見て良いかと思われます。

余談ですが、前掲の陸軍図には駅名が「かみむかは」とあり、鵡川駅と線路が繋がっているのですが、
  • 1943 年 8 月 1 日 北海道鉄道金山線が国有化され国鉄富内線に、上鵡川駅は豊城駅に改称
  • 1943 年 11 月 1 日 鵡川-豊城間の連絡線が開業、沼ノ端-豊城間の旧線が休止(事実上の廃止)
なので、陸軍図は駅名を直すのを失念していた……ということになりそうです。

シモカナイ橋

ka-nay?
わな・川
(? = 旧地図等に記載あり、既存説に疑問あり、類型あり)

2026年7月2日木曜日

北の大地で燃費走行 (80) 「道道 398 号の謎」

道道 1069 号「ウエンナイ幌内保線」と接続する交叉点にやってきました。
この道道、Google マップでは道道 398 号「北見枝幸停車場線」のマークが描かれているのですが、Wikipedia の当該ページを見ると……良く分からないことになってますね。総延長 0.5 km というのは「西條枝幸店」(北見枝幸駅跡)から道道 1069 号(国道 238 号の旧道)までの距離ですが、「重複区間」欄には道道 1069 号と重複……とあります。どっちかが間違っているのですが、さて真相は……?

【ご注意ください】この記事の内容は、特記のない限りは 2017 年 8~9 月時点のものです。各種サービスの実施状況や利用時間などが現在と異なる可能性があります。

ここはもちろん直進して雄武に向かうのですが、あれ、またしても青看板が。

2026年7月1日水曜日

北の大地で燃費走行 (79) 「稚内開 建設部」

枝幸問牧からウスタイベ岬方面に向かいます。ここにも「動物注意」の標識が……。どうぶつの森?
【ご注意ください】この記事の内容は、特記のない限りは 2017 年 8~9 月時点のものです。各種サービスの実施状況や利用時間などが現在と異なる可能性があります。

右側に、明らかに興浜北線の跡と思しき土手が見えます。