2019年8月17日土曜日

北海道のアイヌ語地名 (652) 「オトイチセコロ川・知布志内山・達布」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

オトイチセコロ川

o-{toy-chise}-kor(-pet)?
河口に・{半地下の家}・持つ(・川)
(? = 典拠あるが疑問点あり、類型あり)
小平町寧楽の西側を流れる川の名前です(ちなみに「小平町寧楽」は「──ねいらく」と読みますが、「寧楽」は「なら」と言う読みもあり、奈良県の出身者が故郷を偲んで命名したのだとか)。

一連の松浦武四郎の著作や永田地名解には該当する記載を見つけられませんでした。この川に限った話ではないのですが、小平蘂川筋の川の名前は松浦武四郎の記録と合うものが少なく、なにか大間違いをしてるんじゃないかと不安になります。

明治期の地形図には「オトイチセコ」という川が描かれています。やや反則気味ですが、現在の「オトイチセコロ」を逐語的に解釈すると o-{toy-chise}-kor で「河口に・{半地下の家}・持つ」と読めそうです。

「コロ」が後の人の「創作」なのだとしたら、あるいは o-{toy-chise}-ko(-an-pet) あたりだった可能性もあるかもしれません。これだと「河口・{半地下の家}・そこに(・ある・川)」と読めそうです。

ただ、戦前の陸軍図の時点で既に「オトイチセコロ沢」と記されているので、やはり元々「コロ」と認識されていたものが、古い地形図で落ちてしまっていた、と考えるほうが自然かもしれませんね。

なお、「オトイチセコロ川」の東隣に「オトイチ川」なる川が存在しますが、これは「オトイチセコロ川」の名前を借用して後略したものかなぁ、と思います。無理やり解釈すれば o-toy-ot-i で「河口・土・多くある・もの(川)」とでもなりそうですが……。でも、そう都合よく最初のカタカナ 4 文字だけがダブることも滅多に無いですよねぇ。

知布志内山(ちぶしない──?)

chip-us-nay?
舟・多くある・川
(? = 典拠あるが疑問点あり、類型あり)
小平町と苫前町の境界に位置する、標高 487.3 m の山の名前です。ちらっと調べた限りでは正確な読み方がわからず、微妙に間違ってそうな気もします……(すいません)。

知布志内山の尾根の西側は苫前町で、西に流れる「ルペシュペナイ川」は北に向かった後に「三毛別川」に合流します(「三毛別羆事件復元地」のすぐ西を流れています)。知布志内山の尾根の東側は小平町で、南に向かって「三線沢川」が流れています。

明治期の地形図には「チㇷ゚ウシユナイ」(あるいは「チㇷ゚ウㇱュナイ」か)という川が描かれています。ただ、地形図に描かれた地形と実際の地形の乖離が激しく、現在のどの川に相当するのかが判然としません。ただ、陸軍図を見ると、現在「砂寒別川」と呼ばれている川が「ソウシュベツ沢」となっていますので、「シヨウンペッ」(=ソウシュベツ沢)の西隣にある「三線沢」が「チㇷ゚ウㇱュナイ」だった、と考えられそうです。

あ、なんかパズルのピースが嵌った感がありますね。「チㇷ゚ウㇱュナイ」を遡った先の尾根にある山が「知布志内山」なので、「知布志内山」の名前は「チㇷ゚ウㇱュナイ」から来ていると考えられそうです。

「チㇷ゚ウㇱュナイ」を素直に読み解くと chip-us-nay で「舟・多くある・川」となります。「こんな山奥に船なんて」と思いたくなりますが、どうやら丸木舟で小平蘂川を遡っていたのがこのあたりまでだったとのこと。丸木舟を保管?する川だったのかもしれません。

「知布志内山」の西側(苫前町)を流れる川の名前が ru-pes-pe-nay で「道・それに沿って下る・もの・川」でしたから、このあたりの川はアイヌの交易路として認識されていた可能性が高いです。

などと言いながら、実は chep-us-nay で「魚・多くいる・川」だったのかもしれませんけどね(汗)。まぁ、どちらにせよ山の名前としてはあまり適切なものとは言え無さそうです。

達布(たっぷ)

nutap
川の湾曲内の土地
(典拠あり、類型あり)
小平町のほぼ真ん中に位置する集落の名前です。かつて留萌から達布まで「天塩炭礦鉄道」なる鉄道路線が伸びていました(1967 年に廃止)。線路跡の一部は道道 1006 号「達布小平町線」に転用されたほか、山向こうの沼田町恵比島と結ぶ道道 867 号「達布石狩沼田停車場線」も通るなど、道路の便は悪くない場所でもあります。

大正 11 年に測図されたいわゆる「陸軍図」には、既に「布達」と記されていました。ただ、それ以前の記録では「達布」という地名の存在を確認することができていません。

更科源蔵さんの「アイヌ語地名解」には、次のように記されていました。

 達布(たっぷ)
 小平蘂川中流の地名。タップは他と同じヌタップの当字で、彎曲した川に囲まれた内陸の土地のこと。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.144 より引用)
はい。nutap で「川の湾曲内の土地」と考えられそうです。小平蘂川は現在でもいい感じにクネクネと曲がっていますが、達布のあたりも川が N 字状になっています。このことを指してそう呼んだのかもしれませんね。

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