2025年12月12日金曜日

北海道のアイヌ語地名 (1319) 「スタップ川」

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

スタップ川

huttap?
カスベ(エイ)
(? = 旧地図に記載あり、既存説に疑問あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
新冠川の北支流で、北海道電力・岩清水発電所のすぐ西を流れています。てっきり「ヌタップ」の誤字かと思ったのですが、『北海道実測切図』(1895 頃) には「プッタㇷ゚」と描かれていました。そう来たか……という感じですね。


東西蝦夷山川地理取調図』(1859) では「アフユサンヘ」の隣に「フツタフ」と描かれていました。

武四郎一行の激闘

詳細を見ていきましょう。戊午日誌 (1859-1863) 「毘保久誌」には次のように記されていました。

河流屈曲甚しくして川すじ数条に成、其川すじえより木多く重りて、舟上りがたし。よつて是より最早一同岸によぢ上り、また川をこなたえこし、また彼方えこし等して上るに
     フツタフ
左りの方相応の川也。其名義此川すじには椴の木多く有るよりして号しものなり。
 〔上欄〕フツタフ
 かすべの義。むかし海嘯の時此処まで上りしと云より号く』
松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下』北海道出版企画センター p.179 より引用)※ 〓は魚偏に華
ある程度より上の年齢の方であれば「ファイトー、いっぱーつ!」の掛け声で大量の試験管が飛んでくる映像に切り替わりそうな光景が繰り広げられています。そして次の文が続いているのですが……

余等此処にて最早是限りとして下りける也。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下』北海道出版企画センター p.179 より引用)
これは、このあたりの記録は「聞き書き」ではなく、実際にここまで足を踏み入れたということを示しています(記録の信憑性を評価する上で重要なポイントです)。

大津波があったので?

そして永田地名解 (1891) には次のように記されていました。

Uttap   ウッタㇷ゚   カスベ 洪浪ノ時カスベ魚多ク此處ニ上リシヲ以テ名クト云フ
永田方正北海道蝦夷語地名解』国書刊行会 p.248 より引用)
これはどうやら松浦武四郎の解を追認したっぽいですね。uttap は「カスベ」で、知里さんの『動物編』(1976) によると「ガンギエイ;かすべ」とのこと。大別すると kasumpeuttap の二通りの表現があったようです。

永田地名解が「フツタフ」ではなく「ウッタㇷ゚」としたのは、「カスベ」は一般的には uttap だから……という判断があったのかもしれませんが、白糠のあたりでは huttap という記録もあります。新冠と白糠は随分と離れていますが、どちらもメナシュンクル(東の人)のエリアだったため、語彙にもある程度の共通性が見られた可能性もあるかもしれません。

白糠町鍛高との共通点

松浦武四郎や永田方正は、この地名は uttap で「カスベ」だとして「津波の際にカスベが打ち上げられたから」としていますが、「スタップ川」は海から新冠川を 30 km 近く(あるいはそれ以上)遡ったところにあります。仮に津波がそこまで遡ったのだとしたら大惨事なので、「話を盛っただけ」という可能性も考えたくなります。

ここで思い出されるのが白糠の「鍛高」です。tantaka は「カレイ」を意味し、同様に「津波の際にカレイが打ち上げられたので」というストーリーが存在します。「カレイ」を意味する語としては tantaka の他に samampe もありますが、samam-pe は「横になっている・者」だとも言われます。

『北海道方言辞典』(1983) で「カスペ」を調べてみたのですが、奇妙なことに「ヒラメ。エイの総称」とありました。知里さんの『動物編』によると、「ヒラメ」は ninaoyatuyosi-tantakasimuspe とあり uttaphuttap という記述は見当たりません。

「横臥した山」がある?

うまくまとまらないまま雑多な情報を書き並べてしまいましたが、要は uttap の含意も tantakasamampe と同じなのではないか……と考えてみました。つまり、近くに「横臥した山」があるのではないか……という推測です。

そう考えて地形図を眺めてみると、それっぽいような、そうでもないような……(どっちだ)。敢えて言うならば川の東側の山がそれっぽいでしょうか。でも縮尺を変えると西側の山もそれっぽく見えてきます。

椴の木が多いので?

ということで、個人的にはなんとなく納得した感じになったのですが、戊午日誌「毘保久誌」にこんな記述があったのを見逃していました。

其名義此川すじには椴の木多く有るよりして号しものなり。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下』北海道出版企画センター p.179 より引用)
あ、そうか。「トドマツ」は hup なので、 hup-ta-p で「トドマツ・切る・ところ」と解釈できちゃいますね。これは……困りましたね。

常識的に考えると hup-ta-p という地名が先にあり、それを huttap だとして「大津波」のストーリーを編み出した……と見るべきでしょう。ただ「トドマツが多い」のであれば hup-us-i で「トドマツ・多くある・ところ」とすれば良いよね? と思ってしまうのも事実です。

また「スタップ川」の周囲には「横臥した山」と言えそうな山が見られる……ように思えます(個人的な感覚ですが)。ということで、hup-ta-p という地名?が後出しだったんじゃないかな……と想像してみました。

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