2025年11月24日月曜日

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北海道のアイヌ語地名 (1312) 「幌井内・オロエナイ・レサッピ・真沼津川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

幌井内(ほろいない)

poro-pinnay?
大きな・細く深い谷川
(? = 旧地図に記載あり、独自説、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
シュンベツ川静内川支流)と新冠川の間の分水嶺の頂上付近に「幌井内」という名前の三等三角点(標高 890.8 m)が存在します。「点の記」によると、所在は「新冠郡滑若ナミワカ村字ホロイナイとのこと。

「幌井内」三角点の南に「ポロピナイ沢」という川が存在します。この川は 『北海道実測切図』(1895 頃) では「ポロピナイ」と描かれています。


東西蝦夷山川地理取調図』(1859) には何故かそれらしい川が見当たりません(代わりに「ハシナウシナイ」という川が描かれています)。永田地名解 (1891) にもそれらしい川名は見当たりません。

地形を見た限りでは、poro-pinnay で「大きな・細く深い谷川」のように思えます。pinnay は、『地名アイヌ語小辞典』(1956) によると pir(傷)nay(沢)に由来するのではとのこと(rn に化けたのは原則通りの音韻変化です)。

何故か「ハシナウシナイ」という川名は失われたようにも見えますが、「ハシナ」を has-inaw で「柴・木幣」だった可能性がありそうです。知里さんの『アイヌ語入門』(1956) には次のように記されていました。

 has〔ハㇱ〕は「枝条」。inaw〔イなゥ〕は「木でつくった幣」。それらが合成した has-inaw は〔ハしナゥ〕と発音され,枝条のついた特別の形式の木幣をさす。
(知里真志保『アイヌ語入門 復刻─とくに地名研究者のために』北海道出版企画センター p.76 より引用)
ふむふむ、has-inaw はスタンダードな形式とはちょっと異なる、特殊なイナゥだったんですね……。

オロエナイ

oro-wen-nay???
その中・悪い・川
(??? = アイヌ語に由来するかどうか要精査)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
「幌井内」の 5 km 近く北、「下新冠ダム」のダム湖の東に位置するの名前です。頂上付近に「冷察比れいさっぴ」という名前の三等三角点もあります(標高 976.7 m)。

「──ナイ」と言うからには、そういった名前の川が存在したと思われるのですが、『北海道実測切図』(1895 頃) にはそれらしい名前の川が見当たりません。強いて挙げるなら「ポロナイ」ですが……。


「点の記」によると、所在地は「新冠郡滑若村字レイサッピ」で、三角点に向かうには(新冠川の支流である)「レイサッピ沢」を遡り、分水嶺の鞍部を北上するとのこと。この「レイサッピ沢」は、「点の記」に添えられた地図を見る限り、現在「パンケサツヤチ沢」と呼ばれる川を指していた可能性がありそうです。

「オロエナイ」という名前の出どころは謎です。音からは oro-wen-nay で「その中・悪い・川」であるように思えるのですが、これがかつて「ポロナイ」と呼ばれ、現在は「唄いの沢」という妙な名前になっている川のことなのか、それとも別に oro-wen-nay が存在したのか……?

「オロエナイ」が oro-wen-nay だったとしてもそれほど違和感は無いのですが(喜茂別に「尾路遠」というところもありましたし)、陸軍図以前の古い記録が皆無であるというところに微かな不安を覚えます。

多分気にしすぎだと思うのですが、念のため本当にアイヌ語由来であるかどうかは「要精査」とさせてください。きっとアイヌ語由来だと思うのですが、とんでもない誤読あるいは誤記がありそうな気もします……(「ソロアンナイ」のような例もあるので)。

レサッピ

re-sak-pe?
名・持たない・もの(川)
(? = 旧地図に記載あり、独自説、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
新冠川のダム湖である「新冠湖」の南東、新冠町と新ひだか町との境となる分水嶺(標高 921 m)の名前です。

不思議なことに、現在「オロエナイ」と呼ばれる山の頂上付近に「冷察比れいさっぴ」という名前の三等三角点があります(標高 976.7 m)。「冷察比」三角点の南西には「レイサッピ沢」が存在するとされるのですが、『北海道実測切図』(1895 頃) にはそれらしい川名が見当たりません。


「実測切図」では川が描かれているものの、川名の記入がありません。もしかするとこれは re-sak-pe で「名・持たない・もの(川)」だった可能性があるかもしれません。

そして、何故か「冷察比」三角点のある「オロエナイ」から 4 km ほど北東に、本項で取り上げる「レサッピ」という山が存在するのですが、『北海道実測切図』を見ると、「レサッピ」の北にも名前の記入がない川が描かれています。


「レサッピ」と「冷察比」の位置が異なるのが謎だったのですが、単に「名前を持たない川」が複数存在し、それらを re-sak-pe というメタな名前で呼んでいただけなのかもしれません。

真沼津川(しんぬつ──)

sin-not
山・崎
(旧地図に記載あり、既存説、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
新ひだか町静内の市街地の西側を流れ、直接海に注ぐ川です(川名は国土数値情報による)。「真沼津」とは妙な名前だなぁ……と思ったのですが、なるほど「しんぬつ」と読むのですね。

この「真沼津川」、現地で見てみるとそれほど大きな川ではないのですが(参考)、『東西蝦夷山川地理取調図』(1859) にも「シンヌツ」と描かれています。

北海道実測切図』(1895 頃) には、現在の「真沼津川」よりもちょっと西に「シンヌㇷ゚」と描かれています。永田地名解 (1891) にも次のように記されていました。


Shin nup   シン ヌプ   山上ノ野原「オラリ」ヨリ「シンヌプ」マデ十八丁
永田方正北海道蝦夷語地名解』国書刊行会 p.244 より引用)
例によって、松浦武四郎が「シンヌ」と記録したものを永田方正が「シンヌ」に「改めた」ように見えるのですが、実は『東蝦夷日誌』(1863-1867) でも次のように記されていました。

(十四丁)シンヌツ(小川) シノマンヌブカの略哉。是シビチヤリ〔染退〕とビボク〔美牧〕の間の山の尾崎に成たる所故になづけしと。
(松浦武四郎・著、吉田常吉・編『新版 蝦夷日誌(上)』時事通信社 p.167 より引用)
sinoman-nupka で「本当の・野原」だと言うのですが、「山の尾崎に成たる所」なのであれば sin-not で「山・崎」と見るべきかと思われます(sin-notsir-not が音韻変化したものです)。

それにしても、sin-not という「山崎」の名前が「真沼津」という川の名前になってしまったというのも……なかなか罪深いものを感じますね。

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