2025年11月30日日曜日

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北海道のアイヌ語地名 (1315) 「アクマップ川・リライベツ川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

アクマップ川

ar-ku-oma-p?
もう一つの・仕掛け弓・そこにある・もの(川)
(? = 旧地図に記載あり、既存説に疑問あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
新冠万世と明和の間あたりで新冠川に注ぐ東支流です。アクマップ川自体が複数の支流を持つ川で、『東西蝦夷山川地理取調図』(1859) にはもっとも南側の支流が「アクマウ」と描かれていました。

北海道実測切図』(1895 頃) では、現在の「アクマップ川」に相当する流れが「アㇰマㇷ゚」と描かれているように見えます。


『角川日本地名大辞典』(1987) の「明和 <新冠町>」の項には次のように記されていました。

地名は,アイヌ語のアクマップ(きれいな水の流れている川の小高い原っぱの意)から,明るく和やかな意をこめて,同25年開校の小学校名,および集落名としたことによる(新冠町史明和開基開校三十周年記念誌あくまっぷ)。
(『角川日本地名大辞典 1 北海道(上巻)』角川書店 p.1501 より引用)
むむむ……。「アクマップ」をどう解釈したら「きれいな水の流れている川の小高い原っぱ」になるのか……? 実は「アクマップ川」の記事はリライトなんですが、「きれいな──」があまりに傑作なので、今回も引用することにしたのでした。

戊午日誌 (1859-1863) 「毘保久誌」には次のように記されていました。

こへて
     アクマ(プ)
右の方小川、相応にひろし。其名義は未だしれずと。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下』北海道出版企画センター p.156 より引用)
残念なことに「未だしれず」ですが、頭註には次のように記されていました。

明 和
ア  我ら
ク  飲みに
オマ 入る
プ  所
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下』北海道出版企画センター p.156 より引用)
ふむふむなるほど、a-ku-oma-p で「我ら・飲む・そこに入る・ところ」か……と思ったのですが、良く考えてみると ku「飲む」という動詞を oma が受けていることになっています。これは文法的におかしい(あり得ない?)のではないかと……。

ということで、慌てて再検討してみたのですが、a- を抜いて考えてみると ku-oma-p で「仕掛け弓・そこにある・もの(川)」となりますね。となると a-ar- で「もう一つの」と考えるのが自然でしょう。ar-ku-oma-p であれば「もう一つの・仕掛け弓・そこにある・もの(川)」ということになります。

「仕掛け弓」は獲物が通りそうなところに糸を張っておいて、獲物が糸に振れると鏃に毒が塗られた矢が飛んで獲物に一直線……という仕組みです。余談ですが、矢羽根を見ると誰が仕掛けた矢なのかわかる仕組みになっているのだとか。

『新冠町郷土資料館調査報告書 3』(1991) には、「アクマップ」について次のような記述がありました。

  • 川越貢氏氏(故人)は、つり針という意味で、もとは魚がたくさんとれたという。
  • 溝尾一正氏は、この水が清らかであり、休み休み飲みに来たのではないかということから、アク・オマ・プ(水を飲み歩く所)の意味ではないかと推定している。
  • 狩野義美氏によれば、鹿などを捕えるためのワナなどを仕かけるという意味と聞いているという。
(新冠町郷土資料館・編『新冠町郷土資料館調査報告書 3(アイヌ民族文化調査報告 3)』新冠町教育委員会 p.10 より引用)
なんと! 「ワナを仕掛ける」という言い伝えがあったのですね。あくまで各論併記のうちの一つではありますが、これは注目に値するのでは……!

リライベツ川

{rer-an}-pet??
{われ沈む}・川
(?? = 旧地図に記載あり、独自説、類型未確認)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
新冠川の東支流で、アクマップ川の北隣を流れています。『東西蝦夷山川地理取調図』(1859) にはそれらしい名前の川が見当たらず、代わりに「トマツチヤイヘ」という川が描かれています。

北海道実測切図』(1895 頃) には「レライペツ」という名前の川が描かれていました。ただ不思議なことに永田地名解 (1891) にはそれらしい川名の記録が見当たりません。


『新冠町郷土資料館調査報告書 3』(1991) には、「リライペツ」について次のような記述がありました。

  • 狩野義美氏によるとレライペッと呼んでいたが、意味はわからないという。
  • 里平安郎氏(故人)はペライ・ペッ(魚つりの・沢)と推定していたという。
(新冠町郷土資料館・編『新冠町郷土資料館調査報告書 3(アイヌ民族文化調査報告 3)』新冠町教育委員会 p.10 より引用)
川名が「ライベツ」だとして色々と考えてきましたが、どうやら元は「ライベツ」だった可能性が高そうですね。となると話は変わってきます。

rer という語があり、『地名アイヌ語小辞典』(1956) には次のように記されていました。

rer れㇽ 【ナヨロ】山の向う側;山かげ。 =kus. nupuri-~-oma-nay 山・の向う・にある・沢。
知里真志保地名アイヌ語小辞典』北海道出版企画センター p.108 より引用)
ただ『アイヌ語千歳方言辞典』(1995) によると rer は「沈む」を意味する一項動詞(自動詞)とのこと。改めて航空写真や地形図を見てみると、「リライベツ川」は河岸段丘を刻んでいて、これは「沈む」というニュアンスに通じるものがあります。

「リライベツ」の頭が rer- だとすると、問題は残りの部分ですが、ここがうまく解釈できず……。ay は「矢」を意味するので、rer-ay-pet で「沈んだ・矢・川」と考えることが(一応は)可能ではあるのですが……。

あるいは {rer-an}-pet で「{われ沈む}・川」なのかもしれません。地形の解釈としては悪くないと思うのですが、文法的にこの解釈がアリなのかどうかは正直自信が持てません……。

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