2026年1月7日水曜日

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青函フェリー(共栄運輸)「はやぶさ」乗船記(競合ではない他社編)

 

階段の裏手に設置された自販機の横を……
【ご注意ください】この記事の内容は、特記のない限りは 2017 年 8 月時点のものです。各種サービスの実施状況や利用時間などが現在と異なる可能性があります。

右舷側に抜けて……
再び右舷側の景色をチェックします。今度こそ、大間の町並みが遠くに見えている……でしょう、きっと(ぉぃ)。

謎のプロペラ機

おやっ、これは……。EXIF を見ると 14:14 に撮影したものらしいですが、何やら機影が見えます。
テレ端までズームしたものをトリミングしてみました。プロペラ機のようですね。
函館奥尻の間で「北海道エアシステム」がプロペラ機を飛ばしていますが、機材は ATR42-600 を使用しているとのこと(2026 年 1 月現在)。ATR42-600 は主翼の位置が高い「高翼機」で、尾翼も「T 字尾翼」なので、これは……どう見ても違いますね。

ということでググってみたところ、これは「ロッキードP-3オライオン哨戒機です」と断言されてしまいました(汗)。確かに P-3 オライオンの写真を見てみると……似てますね。というかそのものですね。すげぇな画像検索……。

毎度おなじみ競合他社の

左舷側(たぶん 2F)に戻ってきました。おや、またしても遠くに船が見えますね。
毎度おなじみ競合他社「津軽海峡フェリー」の「ブルードルフィン」です。13:36 にすれ違ったのは「ブルードルフィン 2」で、今度(14:45)は「ブルードルフィン(2 代目)」です。
ブルードルフィン 2」より「ブルードルフィン(2 代目)」のほうが新しいという謎なことになっているのですが、「ブルードルフィン 2」は 2010 年 7 月から 2016 年 10 月まで「ブルードルフィン」として青函航路に就航していて、2016 年 10 月に「ブルードルフィン(2 代目)」の就航に伴い引退したものの、2017 年 2 月に「ブルードルフィン 2」に名前を改めて復活した……ということだったようです。

ちなみに、旧船名「ほるす」時代は「ナッチャンRera」に追われる形で運航を休止し、パナマに売却された後、2008 年 3 月には韓国の船会社に傭船されて釜山港を拠点に活躍したものの半年で再び自由契約(?)になってしまいます。

韓国で出稼ぎ中に

「ほるす」改め「パンスター・ハニー」として釜山で活躍?している間に実家?の「東日本フェリー」が崩壊し、「道南自動車フェリー」改め「津軽海峡フェリー」が発足した翌年の 2010 年に「ブルードルフィン」として「津軽海峡フェリー」に出戻った(?)というだけで新浦壽夫といい勝負だと思うのですが、引退後に名前をちょいと変えて復活するという離れ業を決めていた……ということでしょうか。

なお Wikipedia によると 2021 年 4 月からはタイで活躍?しているとのこと。さすがに 30 年選手なので老朽化が激しいと思われますが、韓国時代の前後に「失業中」の時期があったので、実働は 30 年をやや下回ると言ったところでしょうか。

Google 画像検索によると

あ、そう言えば……ですが、青函航路は青函連絡船の廃止後に国際標準である「右側通行」に改められたとのこと。そのため左舷側に陣取っていると他の船を多く見かけることができます。

「2 代目ブルードルフィン」とすれ違った 8 分後、再び船が見えてきました。
例によってテレ端までズーム and トリミングしてみました。ある程度姿形は判別できるものの、残念ながら船名を確認できるほどではありません。Google 画像検索でも「この画像に写っているのは漁船です」とのこと。

他社だけど競合ではなく

更にその 4 分後、今度は……(左端に!)
こちらはなんとテレ端ではなく 61 mm(たぶんフルサイズ 338 mm 相当)で撮影したものをトリミングしています。これは「北日本海運」の「あさかぜ 5 号」のようですね。「共栄運輸」と「北日本海運」は「青函フェリー」ブランドで共同運航を行う仲なので(2022 年に両社が合併して「青函フェリー株式会社」となりました)、他社とは言え「盟友」と言うべき間柄です。
北日本海運は青森にルーツのある会社……だと思っていたのですが、「あさかぜ 5 号」の母港は「函館港」とのこと。「北日本海運」自体も函館に本社があったそうで……。あ、このカラーリング、割と好みかもしれません。

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