2026年8月28日金曜日

次の投稿 › ‹  前の投稿

北海道のアイヌ語地名 (1427) 「バッタラウシ沢川・オロロップ沢川・クーカルス沢川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

バッタラウシ沢川

hattar-us-i?
淵(よどみ)・ついている・もの(川)
(? = 旧地図等に記載あり、独自説、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
国道 274 号の「福山大橋」の南東、登坂車線の南のあたりを流れる川です。Google マップでは何故か「ッタラウシ沢川」になってますが……見なかったことにします。

『東西蝦夷山川地理取調図』(1859) にはそれらしい川名を見つけられなかったのですが、『北海道実測切図』(1895 頃) には現在と同じ位置に「パンケハッタラウシ」という川が描かれていました。


戊午日誌 (1859-1863) 「武加和日誌」にも記載が無さそうに思えます。永田地名解 (1891) にも記載は無いでしょうか。

「バッタラウシ」は hattar-us-i で「淵(よどみ)・ついている・もの(川)」と見ていいかと思います。バッタラウシ沢川が鵡川に合流するあたりは、水が深めだったのかもしれません。

オロロップ沢川

oro-rupne-i?
その中・(石が)大粒である・もの(川)
(? = 旧地図等に記載あり、既存説に疑問あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
鵡川の西支流で、国道 274 号の「稲里トンネル」から「福山大橋」の間で国道沿いを流れています。現在のむかわ町穂別福山はかつて「オロロップ」という地名で、「居路夫」という字が当てられたこともあったのだとか。

東西蝦夷山川地理取調図』(1859) には「ヲロルフナイ」と描かれているようです。


北海道実測切図』(1895 頃) には「ペンケオロロップナイ」と描かれていました。「ペンケ」があるということは「パンケ」もあるのですが、どうやら「ペンケホロカアンベ沢川」の北西で鵡川に合流している「八幡の沢川」が、かつての「パンケオロロップナイ」のようです。


戊午日誌 (1859-1863) 「武加和日誌」には次のように記されていました。

また少し上りて
     ヲロルフナイ
左りの方小川。大岩計のよし。ヲロルフとは大丸石の事也。シユマといへるは岩也。ルフといへば石に成る也。また少し上りて
     ヘンケヲロルフナイ
左りの方小川。是上の大石の有る沢と云儀也。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中』北海道出版企画センター p.595-596 より引用)
「少し上りて」とありますが、現在の「八幡の沢川」と「オロロップ沢川」の間は 4.5 km ほど離れています。まぁこのあたりの内容は聞き書きなので、インフォーマントの記憶も曖昧なところがあったのかもしれませんし、あるいは距離感がうまく伝えきれなかったのかもしれません。

「シユマといへるは岩也。ルフといへば石に成る也」とありますが、どこにも「シユマ」(suma)は出てこないので謎な感じもします。これは「シユマルフ子ナイ」(=島呂布沢川)の項で次のように記したことと関連がありそうでしょうか。

シユマは岩の事、ルフ子はごろごろ有る儀なり。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中』北海道出版企画センター p.594 より引用)
地名アイヌ語小辞典』(1956) は rupne を「大きくアル(ナル)」としていますが、『アイヌ語沙流方言辞典』(1996) には「大粒である」とも書かれていました(環境に優しいコピペ)。

松浦武四郎は「ヲロルフとは大丸石の事也」と記していますが、これはちょっと意味不明な感じがします。oro-rupne-i で「その中・(石が)大粒である・もの(川)」と考えていいのではないでしょうか。

クーカルス沢川

ku-kar-us-nay
弓・作る・いつもする・川
(旧地図等に記載あり、既存説、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
むかわ町穂別福山から道道 610 号「占冠穂別線」を 2.1 km ほど北上したあたりで北(西)から鵡川に合流する支流です。道道 610 号は「クウカラス橋」で「クーカルス沢川」を横断しています。

『東西蝦夷山川地理取調図』(1859) には「(ク)ウカルシナイ」とあり、『北海道実測切図』(1895 頃) には「クーカルウㇱュナイ」と描かれていました。


戊午日誌 (1859-1863) 「武加和日誌」には次のように記されていました。

しばし過て
     クーカルウシナイ
左りの方小川。此川すじ*蘇木多きが故に弓材多きと云儀也。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中』北海道出版企画センター p.596 より引用)
「クーカルウシナイ」は ku-kar-us-nay で「弓・作る・いつもする・川」と読めます。何故、わざわざ山の中の特定の場所で仕掛け弓を作るのだろう……と思ったのですが、「土蘇木」は頭註によると「オンコ」とのこと。

植物編』(1976) の「イチイ」(=オンコ)の項には次のように記されていました。

 木わ,「く・ネ・ニ」(弓・になる・木)とゆう名が示す通り,それで弓を作った。
知里真志保『知里真志保著作集 別巻 I「分類アイヌ語辞典 植物編」』平凡社 p.238 より引用)※ 原文ママ
「イチイ」(オンコ)は rarmani と呼ぶのが一般的ですが、『植物編』によると日高の荻伏kuneni という例が見られたとのこと。ここは素直に「弓をいつも作る川」と見るべきなのでしょうね。

前の記事

www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International

0 件のコメント:

新着記事