2026年7月31日金曜日

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北海道のアイヌ語地名 (1415) 「チチヤップ川・マコップ沢川・穂別」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

チチヤップ川

chi-cha-p?
我ら・刈る・もの
(? = 旧地図等に記載あり、独自説、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
むかわ町穂別の南で、西から鵡川に合流する支流です。『東西蝦夷山川地理取調図』(1859) にはそれらしい川名が見当たりませんが(見落としているかも)、『北海道実測切図』(1895 頃) には「チチヤップ」という川が描かれていました。


戊午日誌 (1859-1863) 「武加和日誌」には次のように記されていました。

また少し上りて
     チヽシヤフ
左りの方小川、山の間にさし入る也。其名義は此沢に菅が多く有りしによつて苅て干たと云事のよし也。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中』北海道出版企画センター p.552 より引用)※ 原文ママ
なんか似たような地名(川名だったかも)が平取にあったなー……というところまでは薄っすらと思い出せたのですが、詳しいことが全く思い出せずにしばらく逡巡していました(どうやら「ウンチャシ沢」だったようです)。

今回の「チチャップ」ですが、知里さんの『植物編』(1976) には次のように記されていました。

§ 382. ジダケ
      Sasamorpha purpurascens Nakai var. borealis Nakai
( 1 ) chichap (chi-cháp) 「チちャㇷ゚」[我らが・刈る・もの] 莖葉 《A 十勝》
( 2 ) huttat (hút-tat) 「ふッタッ」[→ §381 (8)] 葉 《A 千歳》
(知里真志保『知里真志保著作集 別巻 I「分類アイヌ語辞典 植物編」』平凡社 p.222 より引用)
ジダケ(地竹)は頭突き「チシマザサ」のタケノコ(若竹)のことのようです。松浦武四郎は「菅を刈って干した」としていて若干の相違があるのですが、chichapchi-cha-p、つまり「我ら・刈る・もの」なので、必ずしも「ジダケ」に限らないということなのでしょう。

「チチャップ」は何らかの植物であり、本来は川の名前としては適切ではないのですが、スゲ?の群生地として名を知られるようになり、やがて近くの川の名前に転じた……ということかもしれません。

マコップ沢川

mak-o-p
後ろ・そこにある・もの(川)
(旧地図等に記載あり、既存説、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
鵡川の東支流で、むかわ町穂別の「穂別スポーツセンター」の北を流れています。川から 1.5 km ほど南の山の上には「魔狐阜」で「まこぶ」と読ませる二等三角点があるとのこと(標高 297.5 m)。夜露死苦!

『東西蝦夷山川地理取調図』(1859) にはそれらしい川が見当たらないように思えますが、『北海道実測切図』(1895 頃) には「ペンケマコップ」と描かれているように見えます。不思議なことに「パンケマコップ」が見当たらないようですが……。


戊午日誌 (1859-1863) 「武加和日誌」には次のように記されていました。

川端え下り
     マツコウ
是シユフシナイの少し上也。平地なる故に此名有るよし。〔上欄=此処より東岸ホヘツフトまで皆平地也〕
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中』北海道出版企画センター p.554 より引用)
「マツコウ」と呼ばれる川は「平地だからだよ」と書かれていますが、どこをどう解釈したらそういう意味になるのか、ちょっと良くわかりませんね……。

幸いなことに、永田地名解 (1891) にも記載がありました。

Mak-o-p   マコップ   ウシロノ處
永田方正北海道蝦夷語地名解』国書刊行会 p.212 より引用)
mak-o-p で「後ろ・そこにある・もの(川)」とのこと。穂別川の河口のあたりから見た場合、「マコップ沢川」は山の後ろを流れていることになるので、そのことを形容したネーミング……ということでしょうか。

穂別(ほべつ)

po-pet
小さな・川
(旧地図等に記載あり、既存説、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
2006 年 3 月まで存在していた町名で、鵡川の支流である「穂別川」の河口付近の地名です。国鉄富内線に同名の駅もあったので、まずは『北海道駅名の起源』(1973) を見ておきましょうか。

  穂 別(ほべつ)
所在地 (胆振国)勇払郡穂別町
開 駅 大正12年11月11日(北海道鉱業鉄道)
起 源 アイヌ語の「ポン・ペッ」(子である川)すなわち支流から転かしたものである。
(『北海道駅名の起源(昭和48年版)』日本国有鉄道北海道総局 p.98 より引用)
戊午日誌 (1859-1863) 「武加和日誌」には次のように記されていました。

是よりまた人家つゝきにして
     ボヘツブト
此処二股、右のかた本川、左りの方ホヘツ也。依てホヘツの川口と云儀也。ホヘツ訳して小川と云儀。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中』北海道出版企画センター p.556 より引用)
「ボヘツ」が「ホベツ」の誤記なのか、それとも本当に「ボヘツ」だったのかは不明ですが、アイヌ語は濁音と半濁音を区別しないとされるので、「ボヘツ」が「ポヘツ」だった可能性も出てきますね。

永田地名解 (1891) には次のように記されていました。

Po pet   ポ ペッ   小川 此處ニテ二股トナリ左ハ(上流ヨリ左)本流右ハ「ポペツ」ナリ○穂別村
(永田方正『北海道蝦夷語地名解』国書刊行会 p.212 より引用)
ということで、po-pet で「小さな・川」と見て間違いなさそうな感じです。穂別川は鵡川水系で最大の支流ですが、本流である鵡川と比較して「小さな川」だったので、そう呼ばれた……と言ったところなのでしょうね。

「子である川」というのは知里さんの解でしょうか。これは謂わば「支流」と言ったニュアンスかもしれませんが、本質的には似たものと考えていいんじゃないかなと思っています。

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