2026年7月4日土曜日

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北海道のアイヌ語地名 (1404) 「モイベツ川・アツベツ川・オルイカ」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

モイベツ川

moy-pet?
山中の湾のような平地・川
(? = 旧地図等に記載あり、既存説に疑問あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
むかわ町豊城の東、むかわ町春日で北から鵡川に合流する支流です。『北海道実測切図』(1895 頃) には「モイペッ」と描かれています。「萠別」という漢字表記もあるので、このあたりはかつて「萠別村」だったようです。


戊午日誌 (1859-1863) 「武加和日誌」には次のように記されていました。

またしばし上りて
     モイベツ
是も西岸にして、川口の巾三四間なるが奥深しと聞けり。其訳はふか(き)遅流の義なるモウヘツの訛りと思はる。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中』北海道出版企画センター p.502 より引用)
永田地名解 (1891) には次のように記されていました。

Moi pet   モイ ペッ   遲流川 直譯靜處モイベツ、○此處ヨリ下ハ漸ク川深ク流レ遲シ○萠別村モエベツ
永田方正北海道蝦夷語地名解』国書刊行会 p.210 より引用)
地名アイヌ語小辞典』(1956) で moy の項を見てみると……

moy, -e【H】/-he【K】もィ ①岬の陰になっているような波静かな海;浦;入江;入海。②【ナヨロ】川の曲り角の水のゆるやかに流れている所。③山谷の中で平地が湾のように入りこんでいる所。[<mo-i(静かな・所)]
知里真志保『地名アイヌ語小辞典』北海道出版企画センター p.61 より引用)
今回は内陸部なので①は一旦無視で良さそうですね。松浦武四郎と永田方正は②に近い形で考えていたようですが、地形を良く見てみると実は③の「山谷の中で平地が湾のように入りこんでいる所」そのものなんですよね。

このような地形は結果的にゆったりした(=遅い)流れになる可能性も高そうですが、「遅い」であれば moy よりも moyre のほうがより具体的?なので、あえて moy-pet としたのであれば「山中の湾のような平地・川」と考えたいところです。

アツベツ川

an-ru-pes-pe??
もう一方の・路・それに沿って下がる・もの(川)
(?? = 旧地図等に記載あり、既存説に疑問あり、類型未確認)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
むかわ町花岡一区の西で、南東から鵡川に合流する支流です。陸軍図には漢字で「厚別」と描かれているのですが……


北海道実測切図』(1895 頃) には「アッルペシペ」あるいは「アッルペㇱュペ」と描かれているように見えます。


しかも「東西蝦夷山川地理取調図 (1859) に至ってはそれらしい川が見当たりません。一体これはどうしたことか……?

永田地名解 (1891) にもそれらしい記述が見当たらないように思われますが、戊午日誌 (1859-1863) 「武加和日誌」には次のように記されていました。

またしばし過て針位子丑寅に向、また丑子亥と転じ行に、左りの方
     アツルベシベ
東岸山の下に小川有。此処此辺の土人楡皮をうるかし置処なる故に此名有と。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中』北海道出版企画センター p.505 より引用)
これは……どうしたものでしょう。at は「オヒョウニレの樹皮」のことで、オヒョウニレの樹皮はアットゥシを織るための糸の原料となるため、地名にもちょくちょく現れる語です。

そして「ルベシベ」は ru-pes-pe で「路・それに沿って下がる・もの(川)」と思われるのですが、そのままでは at と繋がらないようにも思えます。たとえば at-kar-us-ru-pes-pe であれば「オヒョウニレの樹皮・剥ぐ・いつもする・路・それに沿って下がる・もの(川)」となるのですが、-kar-us が自明であるとして略されてしまった、とかでしょうか。

最初は at ではなく ar(もう一方の)ではないかと思ったのですが、これだと「r は r の前に来れば n になる」(アイヌ語入門 p.171)ので an-ru-pes-pe になってしまうんですよね。

この「音韻変化の法則」が「越えられない壁」になっているのですが、改めて考えてみると「オヒョウニレの樹皮・路・それに沿って下がる・川」というのも無理がある……というか、違和感おおありなんですよね。

やはり…… an-ru-pes-pe で「もう一方の・路・それに沿って下がる・もの(川)」で、何らかの理由で an-at- に化けてしまった、と考えてみたいです。

オルイカ

o-ru-ika?
そこで・路・またぐ
(? = 旧地図等に記載あり、既存説に疑問あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
むかわ町花岡(花岡二区)の「切勝神社」の西に「オルイカ」という名前の四等三角点が存在します(標高 35.3 m)。陸軍図では「厚別」と「切勝」の間に「ヲルイカ」と描かれていて、かつてこのあたりの集落が「ヲルイカ」と呼ばれていたことを示しています。

『東西蝦夷山川地理取調図』(1859) にはそれらしい川が見当たらないようですが、『北海道実測切図』(1895 頃) には「オルイカ」という川が描かれていました。


戊午日誌 (1859-1863) 「武加和日誌」には次のように記されていました。

また少し上りて
     ヲルイカ
東岸小川有。高山の間流れ来る。其名義は橋が有と云事のよし。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中』北海道出版企画センター p.505 より引用)
「橋」あるいは「丸木橋」を意味する ruyka という語がありますが、o-ruyka がそのまま「橋がある」とはならないような気もします。

知里さんは ruykaru-ika で「路・またぐ」ではないかと記していますが、o-ru-ika で「そこで・路・またぐ」あたりが元だったかもしれません。

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