2026年7月20日月曜日

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「日本奥地紀行」を読む (190) 函館(函館市) (1878/8/16(金))

 

イザベラ・バードの『日本奥地紀行』(原題 "Unbeaten Tracks in Japan")には、初版(完全版)と、いくつかのエピソードが削られた普及版が存在します。今日は引き続き普及版の「第三十四信」(初版では「第三十九信」)を見ていきます。
この記事内の見出しは高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』(中央公論事業出版)の「初版からの省略版(普及版)の削除部分を示す対照表」の内容を元にしたものです。この対照表は、高梨謙吉訳『日本奥地紀行』(平凡社)および楠家重敏・橋本かほる・宮崎路子訳『バード 日本紀行』(雄松堂出版)の内容を元に作成されたものです。

刑務所

イザベラは蝦夷地探検に出発する前に、今度はユースデン(イギリス領事)夫妻と刑務所の見学に出かけたようですが……

 私はその後ユースデン夫妻と監獄へと訪問地を移したのですが、これは全く当然見るべきものです。
(高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』中央公論事業出版 p.142 より引用)
翻訳が若干謎な感じになっていますが、原文は "It is quite a natural transition to the prison" でした。誤訳……?

イザベラは刑務所の印象について、次のように記していました。

町から幾らか離れた広大な庭に建っているのは心地よい監獄です、──多分あまりにも楽しすぎるでしょう!
(高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』中央公論事業出版 p.142 より引用)
そして具体的には次のような点を挙げていました。

建物は、風通しがよい宿舎、作業場、食堂と手に負えない犯罪者の拘留のための、熊の檻のような囲い部屋(独房)を含めて、幾つかの分離した建物に分かれています。
(高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』中央公論事業出版 p.142 より引用)
この刑務所には 170 人の囚人が服役していて、うち 10 人が殺人犯、19 人が終身刑とのこと。これらの囚人を 17 人の看守でコントロールしていて、イザベラ曰く囚人は「相当の自由が許されている」とのこと。

刑務所の快適さ

イザベラは、この「快適な刑務所」の詳細を続けていました。

 製皮所があり、指物細工、植物油の蝋燭、石鹸、アルコール、香料を作っていて、他に彫り物や木版画もしています。一人一人、いつも自分の手職につくことが許されていますが、農民をしていたならば、そのようなものがないので、獄の中で何か手職を教えられます。
(高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』中央公論事業出版 p.142 より引用)
「指物細工」というのが謎ですが、原文では "cabinet-work" とあるものがそれでしょうか。時岡敬子さんはこれを「高級家具」と訳していました。更生の一環として手に職を……というのは今も変わらないような気がしますが、こういうやり方はいつ頃から存在していたのでしょうか。

イザベラは受刑者同士で会話することが許されていることと、読み書きのできない受刑者が全体の 7 % しか存在しないことにも驚いていたようです。

彼らは赤い着物を着ていますが、身体的拘束からは自由です。粗暴犯の檻を除いては、一般的にいう独房の性格のものはありません。
(高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』中央公論事業出版 p.142 より引用)
「赤い着物を着用」というのは脱走時の発見を容易にするため……あたりでしょうか。こういったところは前近代的な感じも受けますが……

彼らは番人にもお互い同士も番号しか知りません。100 日以上の判決を受けた全員は写真を撮られ保存されます。彼らの仕事の出来高に応じて公正な報酬を受け取っています。彼らの生活費を差し引いた残りを貯めて彼らの刑が満期になったときに渡されますが、しばしばその合計は彼らが仕事を立ち上げるのに十分なものです。
(高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』中央公論事業出版 p.142 より引用)
囚人のプライバシーにも配慮した運営が行われ、また出所後に「やり直す」ための(金銭的な)支援もしっかり行われていたように見えます。今と同じ国の話とは思えないですね……。

菊の栽培

イザベラは、刑務所には畑があり、何人かの囚人が菊の栽培を行っている……と記しています。

現在、彼らのうちの幾人かが菊の栽培をしています。腐った卵や死んだ鳥がその根元にうめられ、それぞれの茎に 1 個だけ花を咲かせることが許されます。
(高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』中央公論事業出版 p.143 より引用)
「1 個だけ花を咲かせることが許されます」とあるのが「???」だったのですが、原文では "each plant is allowed to bear but one blossom" とありました。結局「???」のままなのですが……(汗)。

イザベラは、この刑務所における「罰」は、家族との生活が許されないことと外出の自由が無いことだけだと感じていたようです。

 過失(罪)に対するもの(罰)にしては人道にかない、囚人たちは本当に楽しそうに見えます。この穏やかなシステムが更正という結果を生むかどうか私には、確信がありません。
(高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』中央公論事業出版 p.143 より引用)
訳注によると、イザベラは人道的見地から囚人の取り扱いに関心があり、他の国でも刑務所や監獄を訪れていたとのこと。イザベラは、函館の刑務所での囚人の扱われ方があまりに「楽しそう」であるのを目にして、これが果たして更生に繋がるのだろうかと疑問すら呈しています。

ヤラセと仕込み

訳注には更に「彼女のこの褒め方は日本の模範刑務所を見せられたと考えられるのである」とありますが、これは確かにその通りだと思います。

イザベラは「ほんとうの日本を見に行く」として伊藤だけを帯同して東北の各地をまわり、庶民の悲惨な暮らしぶりを目の当たりにしましたが、一方で都市部においては「大人の社会見学」を積極的に行っていました。この「社会見学」の中には、「見せたいものを見せられた」と思しきものも少なからずあり、この刑務所もおそらくその類だったのでしょう。

つまり、日本政府はイザベラの見聞が欧米に広められることを見越した上で、日本の「文明開化」を積極的にアピールするためにイザベラを利用した、とも言えるかもしれません。

今風に言えば「インフルエンサーに試供品を無料提供する」のに近い……いや、ちょっと違うかな。でもまぁ、ヤラセとは言わないものの、限りなく大量の「仕込み」があったと見ていいんじゃないかと思われます。

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