(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
ショモチレコナイ沢川
somo-kus-nay??
しない・通行する・川
しない・通行する・川
(?? = 旧地図等に記載あり、独自説、類型未確認)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
「パンケルベシベ沢川」の南支流で、「アイカップ沢川」の東隣を流れています。国土数値情報では何故かこの川も「パンケルベシベ沢川」ということになってしまっていますが……。『北海道実測切図』(1895 頃) には「シヨモチレコナイ」と描かれていました。
「もともと名前の無い川」?
戊午日誌 (1859-1863) 「武加和日誌」には次のように記されていました。鵡川から見て「また少し上り
シヨモチシユナイ
右の方小川也。其名義は元より名が無と云事のよし也。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中』北海道出版企画センター p.546-547 より引用)
これは……? 「名前が無い川」と言えば re-sak-pet や re-sak-nay で「名前・欠く・川」があります。たとえば豊頃に「礼作別」という川と地名がありますね。ただ「シヨモチシユナイ」をどう解釈すれば「(元から)名前が無い」となるのかが謎です。奇妙なことには、現在の川名である「ショモチレコナイ(沢川)」であれば、{somo-ki}-re-kon-nay と読めそうな気がします。
re は「名前」で、kon は kor の音韻変化したもので「持つ」を意味します。{somo-ki} は「しない」あるいは「できない」を意味するとのこと。つまり {somo-ki}-re-kon-nay であれば「{しない}・名前・持つ・川」となるということに……?
……ということになるかと思ったのですが、somo-ki は文の最後に来ることが多いとのこと。佐藤知己『アイヌ語文法の基礎』(p.22)によると「通常の動詞の場合は,動詞の後に ka somo ki を置けば良い」とあるので、それならば {somo-ki}-re-kor ではなく re-kor-{somo-ki} となりそうにも思えます。
そもそも……
「鞍部が(それほど)無い川」?
ただ {somo-ki}-re-kon という語順はおそらく変なので、となると「シヨモチシユナイ」の可能性を考えたくなります。「立岩」や「丸い岩山」あるいは「中凹み」を意味する chis という語があるのですが(ok-chis だと「盆の窪」で、転じて「峠」を意味する)、somo-chis-nay だったら「ショモチシュナイ」になりそうな気もします。「ショモチレコナイ沢川」を遡った先も沙流川との分水嶺なのですが、「アイカップ沢川」と同様に鞍部が比較的高くなっています。鞍部が無いわけでは無いので「中凹みが無い」とは言えないものの、「鞍部がそれほど無い」とは言えそうな気もします。
問題は somo-chis-nay を「無い・中凹み・川」と解釈できるか……という点に絞られてきたでしょうか。somo の後ろにも動詞句が来るのがお約束なのですが、『アイヌ語沙流方言辞典』(1996) には次のように記されていました。
somo ソモ【副】(否定辞)①(動詞句または否定する語の前に置かれて)……しない。
(田村すず子『アイヌ語沙流方言辞典』草風館 p.674 より引用)
えっ!? 「動詞句「通行しない川」だったのでは?
となると chis を動詞と見るしか無いのですが、その場合は「泣く」を意味するので、somo-chis-nay は「無い・泣く・川」つまり「泣かない川」となります。「なんじゃそりゃ」と思った方もいらっしゃるかと思いますが、ご安心ください。私も「なんじゃそりゃ」と思っていますので。方向性としては悪くないんじゃないかと思いつつ、どうにも正解に向かって踏み出せていないなぁ……と思っていたのですが、「ショモチレコナイ」でも「シヨモチシユナイ」でもなく、「シヨモ
この川は somo-kus-nay で「しない・通行する・川」だったのではないでしょうか。意図するところは「アイカップ沢川」と同じで、何らかの理由があって峠道としては「使用しない」川だったのではないかと。
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