2026年7月10日金曜日

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北海道のアイヌ語地名 (1406) 「イクベツ沢川・中喜奈臼・オブスケ川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

イクベツ沢川

yuk-ot-pet
鹿・多くいる・川
(旧地図等に記載あり、既存説、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
むかわ町生田の北で鵡川に合流する支流です。『北海道実測切図』(1895 頃) には「ユクペッ」と描かれていて、それとは別に漢字で「生鼈」と描かれていますが、これはかつて「生鼈村」が存在していたことを示しています(1868~1915)。


現在の川名はカタカナの「イクベツ沢川」ですが、川の西に「生鼈沢」という名前の二等三角点が存在します(標高 257.3 m)。

戊午日誌 (1859-1863) 「武加和日誌」には次のように記されていました。

また十丁計も上りて
     ユクベツ
西岸少しの平地、其処に有。名義は鹿川と云儀なるが、何故になづけ初めしやしらず。ユクは鹿の事也。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中』北海道出版企画センター p.509 より引用)
どう見ても yuk-pet で「鹿・川」なんですが、気になるのが「何故になづけ初めしやしらず」とある点です。ということで、yuk が何かの転訛である可能性も考えてみたのですが、これ!と言った解釈は浮かばず……。

山田秀三さんの『北海道の地名』(1994) には次のように記されていました。

汐見の古老はこの沢をユコッペッ(yuk-ot-pet 鹿が・多くいる・川)と呼んでいた。
(山田秀三『北海道の地名』草風館 p.371 より引用)
yuk-ot-pet で「鹿・多くいる・川」とのこと。文法的にも矛盾のない解に思えますが、-ot を省略して呼ぶことが当時から一般的だった、ということでしょうか……?

中喜奈臼(なかきなうす)

kina-us-i
草・多くある・ところ
(旧地図等に記載あり、既存説、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
むかわ町有明を流れる「オブスケ川」の南の山上に「中喜奈臼」という名前の四等三角点が存在します(標高 179.9 m)。『北海道実測切図』(1895 頃) には、現在の「オブスケ川」と思しき位置に「オプシュスケㇱュウシ」という川?が描かれていて、現在の「中の沢川」と思しき位置に「キナウシ」という川?が描かれていました。


陸軍図では、現在の「中の沢川」のあたりには「湯ノ澤」と描かれていて、現在のむかわ町有明のあたりに「中キナウス」、そしてむかわ町生田の東にある「生田貯水池」のあたりに「下キナウス」と描かれていました。理由は不明ですが、「キナウス」という地名がだんだん南に向かって拡大していたように見受けられます。


戊午日誌 (1859-1863) 「武加和日誌」には次のように記されていました。

等過て
     キナウシ
此処東岸少しの平地有。其処に川一すじ有。巾凡五六間。其傍に人家有。此川口え船をよせて上陸す。より川口凡此処まで六里半と思はる也。其名義は蓆物に織る草多きよりして号しものなり。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中』北海道出版企画センター p.515 より引用)
永田地名解 (1891) には次のように記されていました。

Kina ushi   キナ ウシ   蒲多キ處
永田方正北海道蝦夷語地名解』国書刊行会 p.210 より引用)
kina-us-i で「草・多くある・ところ」のようですね。どうやらキナウシにはコタンがあったようで、それが後に「キナウシ」の地名が広がった一因だったのでしょうか。

オブスケ川

opus-us-nay
穴があく・いつもする・川
(旧地図等に記載あり、既存説、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
むかわ町有明の南部を横切って鵡川に注ぐ支流です。『東西蝦夷山川地理取調図』(1859) にはそれらしい川名が見当たりませんが、『北海道実測切図』(1895 頃) には「オプシュスケㇱュウシ」という名前の川?が描かれていました。


戊午日誌 (1859-1863) 「武加和日誌」には次のように記されていました。

またしばし過て
     ヲブシユシナイ
同じく東岸の小川也。此川口大転太石多く有。よつて上より流れ来りし水此川口まで来りて、其石の下を潜りて大川え落るが故に此名有といへり。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中』北海道出版企画センター p.514 より引用)※ 原文ママ
どうやら opus-us-nay で「穴があく・いつもする・川」と見て良さそうな感じですね。知里さんの『小辞典』には opus は「破裂する」とあるのですが、田村すず子さんの『アイヌ語沙流方言辞典』(1996) では opuso-pus で「その尻が・はじける」であり、具体的には「穴があく」だとしています。

松浦武四郎の記述は「破裂する」と「穴があく」のどちらにも取れるんじゃないかなぁと思っているのですが、「ゴロタ石の下を潜って鵡川に注ぐ」と読めるので、「穴があく」のほうが良さそうかなぁ……と言ったところです。微妙にニュアンスが違うだけの話だと思いますので、ぶっちゃけどっちでもいいかと(ぉぃ)。

「実測切図」の「オプシュスケㇱュウシ」は、川名としては奇妙だなぁと感じていたのですが、opus-us-kes-us-i で「オプシュスナイの岸にあるもの(ところ)」と読めそうです。本来は川沿いの地名だったものが、川名に取り違えられてしまったのでしょうね。

そして何故か -kes-us-i-ke だけが現在も川名に残ってしまった……と言うことになるでしょうか。

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