2026年7月8日水曜日

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北の大地で燃費走行 (83) 「この道はどこかで見た道」

 

枝幸乙忠部おっちゅうべにやってきました。「乙忠部」のローマ字表記は Otchube で、Occhube ではないのが「おっ」という感じですね(ぉぃ)。
【ご注意ください】この記事の内容は、特記のない限りは 2017 年 8~9 月時点のものです。各種サービスの実施状況や利用時間などが現在と異なる可能性があります。

ここはかつての「チカプトムシ」のあたりのようです。「チカプトムシ」(あるいは「チカフトムシ」)は、松浦武四郎の時代にはかなり知られた地名だったようで「近太虫」という字が当てられたこともあったのですが、いつの間にか消えてしまったようで……。
このあたりは緩いカーブが断続的に現れるのですが……
海沿いの右カーブを抜けると……
そこにはいい感じの直線が。天気もいいですし、8 月ですが過ごしやすい気温ですし、最高ですよね!

乙忠部小学校

待合室つきのバス停がありました。このバス停は「西泊」という名前のようですが、少なくとも「西」はアイヌ語由来のようです。
乙忠部の中心部が近づいてきました。乙忠部の市街地の北側で道道 1023 号「上徳志別乙忠部線」が分岐しています。この道道が整備されたおかげで、徳志別川沿いの道路を整備する必要性が薄れた……と考えていいのでしょうね。
道道 1023 号「上徳志別乙忠部線」との交叉点が近づいてきました。「学校あり」の標識の下には「通学路」と書かれていますが、ちょうど横断歩道の右側に小学校があった筈です。
Google マップを眺めていて嫌な予感がしたので「乙忠部小学校」でググってみたのですが、やはりと言うべきか「2021 年に閉校」とのこと(嗚呼……)。

なんかこの十年ほどで小学校がどんどん削られているようにも見えるのですが、Wikipedia で確認した限りでは、この十年で閉校になったのは
  • 問牧小学校(2020 年閉校)
  • 乙忠部小学校(2021 年閉校)
の 2 校で、
が現存するとのこと。予想以上に多かった……。

この坂はどこかで見た坂

この「集落の中に坂」というのは凄く見覚えがあるのですが、雄武あたりにも似た感じの場所があったような……。
乙忠部の集落を抜けて、「ペセトコマナイ川」のあたりで一瞬内陸部を通過してから、またしても「海沿いの右カーブ」を抜けます。
そして右カーブの先は気持ちの良い直線が。乙忠部の北(北北西)と南(南南東)にめちゃくちゃそっくりな道がある……ということになりそうな。

風烈布

国道 238 号で南東に向かい、枝幸町風烈布にやってきました。アイヌ語の地名をそのまま無理くり漢字にしたケースは山ほどありますが、中でも傑作なものの一つでしょうか。
電線の上で大勢のカラスが負けないくらいに喜んでいました(何を?)。

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