2021年5月15日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (831) 「乙忠部」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

乙忠部(おっちゅうべ)

{ok-chis}-un-pe?
{峠}・ある・もの(川)
o-chis-un-pe?
河口・立岩・ある・もの(川)
(? = 典拠あるが疑問点あり、類型あり)
枝幸町沿岸部の地名で、同名の川も流れています。風烈布の北、山臼の南にあたり、枝幸町の中心部から 22 km ほど南に位置します。

「東西蝦夷山川地理取調図」には「ヲチヽウベ」という名前の川が描かれています。「再航蝦夷日誌」には「ヲチヽウンヘ」、「竹四郎廻浦日記」には「ヲチウンヘ」という名前の「小川」が記録されています。

永田地名解の奇説

永田地名解には次のように記されていました。

O kitu unpet  オ キト゚ ウンペッ  韮多キアイバカマ川 韮極メテ多キ處ナリ、「ヤチツンベ」ト云フハ訛ナリ、松浦地圖「オチチウベ」ニ誤ル
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.442 より引用)
永田地名解は、「東西蝦夷山川地理取調図」にある「オチチウベ」は「オ キト゚ ウンペッ」の誤りである……としているのですね。何を根拠に「松浦地図『オチチウベ』に誤る」と断定しているのか、すんごく気になるわけですが……。

「午手控」の奇説

どうにも妙な気がするので、もう少しサンプルを集めてみましょうか。明治時代の地形図には「オツチンペ」とあります。この地図は永田地名解の記法に準拠していることが多いのですが、ここでは「オ キト゚ ウンペッ」とは全く異なる表記になっています。

「辰手控」には「ヲチチンヘツ」という記録がありました。「午手控」には「ヲチヽウシベ」とあるほか、次のような記述も見つかりました。

 ヲチシユンベ
むかし土人××此処に多く居りしに鯨上りし由。其を喰しに、喰したる者皆死したりとかや。よってそれは何であったかと申事を云
松浦武四郎・著 秋葉実・翻刻・編「松浦武四郎選集 六」北海道出版企画センター p.403 より引用)
chis は「泣く」という意味の完動詞でもあるので、o-chis-un-pe で「そこで・泣く・そこにある・もの(川?)」とでも考えたものでしょうか。ただ、chisun で受けるのが意味不明というか、文法的におそらくおかしいと思われるので、この解釈は受け入れがたく思えます。

その他の説

山田秀三さんの「北海道の地名」には次のように記されていました。

 古い上原熊次郎地名考はヲチシペと採録し,高岩あるいは峠ある処とした。それから見ると,オ・チㇱ・ウン・ぺ(川尻に・高岩・ある・川),オクチシ・ウン・ベ(峠の凹み・ある・処)のような形からの訛りであったかもしれない。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.173 より引用)

ok-chis「峠」説

妥当な解が出てきたような感がありますね。ok-chis は「落石おちいし」の由来としても知られますが、「うなじ・中くぼみ」で、転じて「峠」と解釈されます。{ok-chis}-un-pe で「{峠}・ある・もの(川)」となりそうでしょうか。

乙忠部川沿いを道道 1023 号「上徳志別乙忠部線」が通っていますが、乙忠部川の水源のあたりに鞍部があり、そこから「タチカラウシナイ川」の流域にあっさりと出ることができます。

chis「立岩」説

また、chis は「泣く」という意味のほかに「立岩」という意味もあるので、o-chis-un-pe を「河口・立岩・ある・もの(川)」と解釈することも可能かと思われます。乙忠部川の河口から 1.4 km ほど沖合に「水かぶり岩」という岩があるようですが、さすがに沖合 1.4 km 先の岩に由来を求めるのは厳しそうな気もするので、河口のすぐそばにも立岩があったのかもしれません。

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