2021年5月2日日曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (828) 「オシラカオマップ川・オベウツナイ川・コヒラカマナイ川・サラナイ川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

オシラカオマップ川

o-sirar-oma-p??
河口・水かぶり岩・そこにある・もの

(?? = 典拠なし、類型あり)

音標川を河口から 1.2 km ほど遡ったところで合流している南支流の名前です(OpenStreetMap では「高柳沢川」が支流の名前で、オシラカオマップ川は高柳沢川の支流という扱いになっています。国土数値情報ではその扱いなんでしょうか)。

「東西蝦夷山川地理取調図」には「ヲレラリコマナイ」という川が「ヲチシベ」(音標川)の *北支流* として描かれています。隣には「ラルマニウシナイ」という北支流も描かれていますが、これらはどちらも南北を取り違えた可能性が高そうです(音標川については「竹四郎廻浦日記」にも聞き書きすらありません)。

明治時代の地形図では、現在の「オシラカオマップ川」に相当する川(高柳沢川との合流点より上流部分)が「ポシヌシラリカオマプ」と描かれていました。これは「ポンヲシラリカオマプ」の誤記かもしれません。

音からは o-sirar-oma-p で「河口・水かぶり岩・そこにある・もの」と読めそうでしょうか。

オベウツナイ川

o-pira-un-nay
河口・崖・ついている・川

(?? = 典拠なし、類型あり)

音標川の南支流である「コヒラカマナイ川」の北(下流側)を流れる東支流(南支流)の名前です。残念ながら地理院地図には川名が表示されていません。また「東西蝦夷山川地理取調図」にもそれらしき川は描かれていないようです。

「ウツナイ」は ut-nay か、あるいは -ot-nay あたりだと思われるのですが、「オベ」が良くわからないなぁ……と思って古い地図を見てみた所、そこには「オピラウンナイ」と描かれているように見えました。

これならば話は早いですね。o-pira-un-nay は「河口・崖・ついている・川」と読めそうです。河口の南北(音標川沿い)は等高線がかなり稠密になっているので、これを pira(崖)と呼んだのかな……と思わせます。

コヒラカマナイ川

o-pira-ka-oma-nay??
河口・崖・かみて・そこに入る・川

(?? = 典拠なし、類型あり)

音標川の中流部に合流する南支流の名前です。音標川の支流の中では最も規模の大きいものの一つでしょうか(他に形容する表現が見つからず……)。地理院地図には川名も含めて記載がありますが、「東西蝦夷山川地理取調図」にはそれらしき川は描かれていないようです。

明治時代の地形図には「コヒラコマナイ」と描かれていました。わかるようで実は良くわからないネーミングで、少し頭を抱えていたのですが、同じく明治時代の「北海道地形図」には「オピラコマナイ」と描かれていました。これだと o-pira-ka-oma-nay で「河口・崖・かみて・そこに入る・川」と読めそうです。

{pira-ka} で「崖の上」と読むことも可能かもしれませんが、コヒラカマナイ川の河口の東側(しもて)に投稿線が稠密な場所があり、それを pira(崖)と呼んだのでは、と考えています。コヒラカマナイ側の河口は「崖」の川上側にあるので、pira-ka を「崖・かみて」と考えたほうが実際の地形に即したネーミングになると思われます。

サラナイ川

sar-us-pet??
葭原・ついている・川

(?? = 典拠なし、類型あり)

「コヒラカマナイ川」との合流点から音標川を 1 km 強ほど遡ったところで合流している北支流の名前です。残念ながら、地理院地図には川として描かれていません。

明治時代の地形図には「サラシペツ」という名前の川が描かれていました。……これ以上の情報は無いのですが(汗)、「サラシペツ」と「サラナイ」であれば、やはり sar-us-pet で「葭原・ついている・川」だったと考えるしか無いのかなぁ、という感じです。

「いやいや山の中だよ?」と思われるでしょうし、実際そう思ったのですが、このあたりは U 字谷のような感じで少し開けた地形になっていて、現在は畑も存在するようです。ということで、河口に「葭原」があってもいいかな、などと……。

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