2026年7月18日土曜日

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北海道のアイヌ語地名 (1410) 「カツケン沢川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

カツケン沢川

不明
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
むかわ町穂別和泉で鵡川に注ぐ東支流です。『北海道実測切図』(1895 頃) にも「カツケン」という川が描かれています。


「カワガラスの巣があったので」説

戊午日誌 (1859-1863) 「武加和日誌」には次のように記されていました。

またしばし過て
     カツケン
右の方相応の流れ也。其名義は川烏かわがらすの巣有に依て号る也。黒くして其大さは鳩計のもの也。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中』北海道出版企画センター p.540-541 より引用)
知里さんの『動物編』(1976) には次のようにありました。

§ 322.カワガラス;キタカワガラス
       Cinclus pallasii pallasii TEMMINCK
( 1 ) kátken(かッケン)[< ? ]《ホロベツ;シラオイ;サル;シズナイ》セ 11 神 78
( 2 ) kátkew(かッケウ)[< ? ]《チカブミ》
(知里真志保『知里真志保著作集 別巻 I「分類アイヌ語辞典 動物編」』平凡社 p.190 より引用)※ 原文ママ
よく見ると『地名アイヌ語小辞典』(1956) の「索引と補遺」にも katken で「カワガラス」とあります。まぁ『小辞典』は永田地名解 (1891) を熟読した上でそのフォローに回っていると思しきところもあるからなぁ……と思ったのですが、意外なことに永田地名解には「カツケン沢川」と思しき記載はありません。

戊午日誌の不審な点

戊午日誌「武加和日誌」の記述ですが、よく見ると妙な点があります。

扨其川筋のことを聞に、先川口よりしばしを入りて左りの方
      ホンカツケン
 小川なりと。是此川の小さきと云儀也。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中』北海道出版企画センター p.541 より引用)
とまぁこんな感じで「ホンカツケン」「エサヲマカツケン」「キンマクシカツケン」「フレワツカヲイ」という支流があるよ、と記しています。中でも

 また少し計上りて
      キンマクシカツケン
 是左りの方小川。此川すじよりサル場所え越る道ある故号。キンマクシとは山道越る儀なり。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中』北海道出版企画センター p.541 より引用)
という記述があるのですが、現在の「カツケン沢川」は「累標」三等三角点のあたりが水源で、この川を遡ったところで沙流川流域(=平取町)には出ることができません。もちろん「道がある」だけなので、「イナエップ沢川」か「ルベシベ沢川」の流域を経由して沙流川流域に出ることは可能ですが……。

複数の支流を持ち沙流川に通じる峠道がある川という条件で考えてみると、これはむしろ現在の「ルベシベ沢川」水系の川を指しているようにも思えます。松浦武四郎の記録には何らかの錯誤(インフォーマントのうっかりミス?)がありそうです。

「カツケンの雛が──」

また、この記述も別の意味で疑わしいものです。

 また少し
      エサヲマカツケン
 右の方小川。其名義はカツケンの雛がいつにても遊びに行て在ると云儀のよし也。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中』北海道出版企画センター p.541 より引用)
「エサヲマ」は e-sa-oma で「水源・浜・向かう」と解釈することが多いように思います。どう解釈すれば「カツケンの雛が遊びに行く」のか良くわからないですが……。

以前にも記しましたが、「珍妙な地名解」は次のようなパターンがあるように思われます。
  • 駄洒落(似た語彙からストーリーを「創造」する)
  • 故事(実際にそういった「事件」があった)
  • その他(不明)

「カツケン」だけでは「故事」の可能性も否定できなかったのですが、「カツケンの雛が──」という話が出てきた時点で「地名説話」なんじゃないかと思えてきました。

ここまでのポイントを改めて箇条書きにしてみると……
  • 「カツケン」が現在の「カツケン沢川」であるかどうかは疑わしい
  • 「カツケン」を「カワガラス」とする解釈も疑わしい
何もわかっていないような気も……(汗)。しかも、どちらも「疑わしい」だけで確実に否定できるだけの証拠もありません。

「エサヲマカツケン」や「キンマクシカツケン」と呼ばれる支流が存在するという点からは、現在の「ルベシベ川」水系を指しているように思えます。松浦武四郎は「カツケン」の先に「ルベシベ」があると記録していますが、本来はどちらも同じ川を指していた……という可能性を考えたくなります。

仮に「カツケン」が現在の「ルベシベ川」だとすれば……の話ですが、ルベシベ川は酷く蛇行していて、川沿いには小さな山が散在しているように見えます。この地形的な特徴を指して kar-tuk-ka で「回る・突出・させる」と呼んだと想像してみました。

機能的な特徴に由来する「ルベシベ」という名前と、地形的な特徴に由来する「カツケン」という名前が併存していたという可能性です。ただ「カツケン」という名前の由来が忘れられるとともに「この川は『ルベシベ』であって『カツケン』ではない」というのが共通認識となり、何故か南側の小さな川の名前に収まった……なんて話があったんじゃないかなぁ……などと。

全てにおいて想像の域を出ない話になってしまい恐縮ですが、「カツケンはカワガラスの巣があったからだよ」とは考えづらいのも事実です。

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