2026年8月1日土曜日

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北海道のアイヌ語地名 (1416) 「パンケオピラルカ沢川・茂別・ペンケベツ沢川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

パンケオピラルカ沢川

panke-o-pitar-ka?
川下側・河口・川原・かみ
(? = 旧地図等に記載あり、独自説、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
穂別川の西支流で、穂別の市街地の北側、道道 933 号「北進平取線」沿いを流れています。道道平取北進線の「オビラルカトンネル」の 2 km ほど北には「帯裸加」二等三角点があり(標高 407.3 m)、これも「おびらるか」と読むとのこと……(汗)。

『東西蝦夷山川地理取調図』(1859) には「ハンケヲヒラルカ」と描かれていて、『北海道実測切図』(1895 頃) にも「パンケオピラルカ」と描かれていました。


戊午日誌 (1859-1863) 「武加和日誌」には次のように記されていました。

 また此方に
      バンケヲヒラルカ
 南岸相応の川也。是当川第一の支流。其名義は川口に平が有と云儀なり。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中』北海道出版企画センター p.572 より引用)
え……? panke-o-pira までは理解できるとして、後ろの「ルカ」をどう解釈すれば良いのでしょう。永田地名解 (1891) は、まるでこの問いに答えるかのような解を記していたのですが……

Panke o pira ruka   パンケ ヲ ピラ ルカ   下ノ川尻ノ崖路ノ上
永田方正北海道蝦夷語地名解』国書刊行会 p.212 より引用)
うーん……。pira-ru-ka で「崖・路・かみ」だと言うのですが、なんぜ ru が含まれているの? と疑問に思ってしまいます(日高町の「平賀」のように pira-ka でいいじゃないか……と)。

この「パンケオピラルカ」ですが、pira-ru ではなく pitar(川原)なんじゃないかなぁと思ってしまいます。panke-o-pitar-ka で「川下側・河口・川原・かみ」なのではないかなぁ……と。

もっとも陸軍図を見ると、「パンケオピラルカ沢川」の河口から鵡川を少し遡ったところに川原らしきものが描かれているものの、「ペンケオピラルカ沢川」の河口周辺にはそれらしき川原が見当たらないように思えるのも事実です。pira-ru でも pitar でも無い正解が別にありそうな気も……?

一応言い訳というか、いや言い訳でしか無いのですが、「パンケオピラルカ沢川」と「ペンケオピラルカ沢川」は、どちらも最下流部に僅かな平地があります。これが pitar なのであればビンゴっぽい感じなんですが……。

茂別(もべつ)

mo-pet
小さな・川
(旧地図等に記載あり、既存説、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
穂別から道道 74 号「穂別鵡川線」で北東に向かうと「茂別橋」で穂別川を横断します。「茂別橋」から 2 km ほど北に進んだあたりが(通称?)茂別と呼ばれるエリアのようです。

北海道実測切図』(1895 頃) には「パンケモペッ」という川が描かれていました。また少し北には「ペンケモペッ」という川も描かれています。


東西蝦夷山川地理取調図』(1859) には「ホンホヘツ」と「ヘンケホンホヘツ」という川が描かれていました。


戊午日誌 (1859-1863) 「武加和日誌」には次のように記されていました。

 また少し上りて向ふの方に
      ハンケモヘツ
 本名ハンケホヘツのよし。モとホと同じ事にして、小さしと云儀。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中』北海道出版企画センター p.575 より引用)
あれっ? この内容は「東西蝦夷──」よりも『北海道実測切図』に近いような……。地味にややこしくなってきたので、表にしてみましょう。

東西蝦夷山川地理取調図北海道実測切図国土数値情報
ホンホヘツパンケモペッペンケベツ沢川
ヘンケホンホヘツペンケモペッ(名称不明)

今更ですが、これらの川は現在の「穂別川」の支流です。「東西蝦夷──」では「穂別川」は「ホヘツ」と描かれているので、「ホンホヘツ」は「小さなホヘツ」ということになります。

「ホヘツ」自体が po-pet だと考えられるので、「ホンホヘツ」は pon-po-pet ということになってしまいます。限りなく pon-pon-pet に近い形ですが、沼田町に「ポンポンニタシベツ川」という川があり、これは「ポンニタシベツ」の支流だったと考えられるので、pon-po-pet があったとしても不思議ではありません。

ただ、やはりこのネーミングはスマートではないと考えられたのか、mo-pet で「小さな・川」と呼ぶ流儀も別途存在した……ということかもしれません。最終的に「モヘツ」に「茂別」という漢字が当てられ現在に至る……と言ったところでしょうか。

ペンケベツ沢川

panke-mo-pet?
川下側・小さな・川
(? = 旧地図等に記載あるが位置に疑問あり、既存説、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
(通称)茂別ので穂別川に合流する支流です。『北海道実測切図』(1895 頃) には「ンケモペッ」と描かれている川に相当すると考えられます。


本来は panke-mo-pet で「川下側・小さな・川」だったと思われるのですが、どこかのタイミングで pankepenke に化けてしまったようです……。

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