2026年8月2日日曜日

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北海道のアイヌ語地名 (1417) 「キウス・シュッタノ沢川・斗内」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

キウス

chiw-as-i?
波・立っている・ところ
(? = 旧地図等に記載あり、既存説に疑問あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
穂別川の流域、茂別の北のあたりの地名です。この「キウス」も茂別と同じく通称……でしょうか?

『東西蝦夷山川地理取調図』(1859) には「ヲトイマケウシ」と「キフシ」、そして「ヘンケキフシ」という地名(川名かも)が描かれています。『北海道実測切図』(1895 頃) には「オトイマキナウシ」と「ペンケキウシ」という川がそれぞれ描かれていました。


戊午日誌 (1859-1863) 「武加和日誌」には次のように記されていました。

 凡三丁計も上りて
      ヲトイマケウシ
 左りの方小川。其名義は川端まゝ来りまた上え行、しばしにて川え落ると云儀のよし也。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中』北海道出版企画センター p.576-577 より引用)
??? 何でしょうこれは……? 松浦武四郎はどうやらここで引き返したようですが、この先も聞き書きが続いています。

 また少し上りて
      キブシ
 左りの方小川。是ヲトイマケウシの川端え来りし処の並びなりと。其名義チウシのよし、汐早く有ると云儀なり。チは汐也、ウシは早く有ると云儀。また少し上りて
      ヘンケチウシ
 同じ方なり。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中』北海道出版企画センター p.577 より引用)
松浦武四郎は「ヲイトマケウシ」「キブシ」「ヘンケチウシ」という川があると記録していますが、「キブシ」は「チウシ」(の転訛)であると明記している一方で、「ヲイトマケウシ」については特に関連性を記していません。

「キブシ」の項に「チは汐也、ウシは早く有ると云儀」とありますが、これは chiw-as-i のことでしょうか。『地名アイヌ語小辞典』(1956) には次のように記されていました。

chiw-as-i チわシ 川尻の瀬;川口の波立っている所。[水脈・立っている・所]
知里真志保『地名アイヌ語小辞典』北海道出版企画センター p.22 より引用)
「キウシ」は ki-us-i で「茅・多くある・ところ」と解釈することも可能ですが、インフォーマントが chiw-as-i で「波・立っている・ところ」だと言っている以上、まずはその解釈を尊重すべきでしょうか。

となると気になるのが「ヲトイマケウシ」が「キブシ」あるいは「チウシ」と関係があるのか否かです。「トイマ」は tuyma で「遠い」だと思われますが、何故 o- を冠しているのかが謎です。

ただ『アイヌ語沙流方言辞典』(1996) によると otuymasirun で「遠くから」を意味するらしく、これは o-tuyma-sir-un で「その尻が・遠い・所・にある」と分解できるとのこと。

だとすれば o-tuyma-chiw-as-i は「尻が・遠い・波・立っている・ところ」と解釈できるのかもしれませんが、地名(川)においては「尻=河口」であることが多いので、「尻が遠い」というのは謎な感じもします。

e-tuyma で「頭が・遠い」であれば、「椴森」四等三角点の南のあたりまで遡ることができる川(谷)があるので、この川をそう呼んだ……という可能性も出てきますね。

シュッタノ沢川

sut-ta??
麓・切る
(?? = 旧地図等に記載あり、独自説、類型未確認)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
道道 74 号「穂別鵡川線」の「下沢橋」の近くで穂別川に合流する東支流です。お隣の平取町に「シュッタ川」や「シュウター川」があるのですが、これらの川にはやや場当たり的な解を記してしまったのが地味に気になっています(何かを見落としている可能性が高そうなので)。

『東西蝦夷山川地理取調図』(1859) には「シユツタ」とあり、『北海道実測切図』(1895 頃) にも「シュッタ」と描かれていました。


戊午日誌 (1859-1863) 「武加和日誌」には次のように記されていました。

 またしばし過て
      シユツタ
 右の方相応の川也。其名義しれず。案ずるに洪水の節水早く出る義かと云へり。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中』北海道出版企画センター p.580 より引用)
??? 何でしょうこれは……?(本日二度目

ということで、改めて「シュッタノ沢川」と「シュッタ川」と「シュウター川」を地形図で眺めてみました。……あ、どれも川ですね(こら)。

もう少し真面目に考察してみるならば、どの川も山地を切り分けているように見えます。そもそも川(谷)とはそういうものですが、山の斜面を滑り落ちるような川もあれば、山を左右に切り開いてしまったような川もあります。「シュッタノ沢川」(や「シュウター川」)は後者のように思えるのですね。

となると sut-ta で「麓・切る」と考えられないかなぁ……と思えてきたのですが、どうでしょうか……?

斗内(とない)

tunnay?
谷川
(? = 旧地図等に記載あり、独自説、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
「シュッタノ沢川」の北西、道道 74 号「穂別鵡川線」の「稲里橋いなさとばし」の西の山上に「斗内」という名前の三等三角点が存在します(標高 405.2 m)。

東西蝦夷山川地理取調図』(1859) には、穂別川のに「ハンケトナエ」と「ヘンケトナエ」という川が描かれています。


北海道実測切図』(1895 頃) でも同様で、穂別川の東側に「パンケトナイ」と「ペンケトナイ」という川が描かれていました。


戊午日誌 (1859-1863) 「武加和日誌」には次のように記されていました。

 また少し上りて
      トナエ
 右の方小川。此名義川筋に小き沼有るより号るとかや。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中』北海道出版企画センター p.581 より引用)
この「パンケトナイ」と「ペンケトナイ」ですが、現在「牧場」四等三角点(標高 231.7 m)の南北を流れる川の可能性がありそうです。疑わしい川は 3 つあるのですが、どの川も沼があったかどうかは微妙な感じがします。

これはむしろ tunnay で「谷川」と考えたほうが良いのではないでしょうか。あるいは tu-nay で「二つの・川」と見ることも理屈の上では可能かもしれませんが……。

個人的に興味深いのが、「シュッタ」(=シュッタノ沢川)が「山地を切り開いた川」に見えるのに対して、「パンケトナイ」と「ペンケトナイ」はそこまで深く山地を切り開いているようには見えないという点です。ある種の対比的な概念が含まれていたりする……?

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