2026年5月15日金曜日

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北海道のアイヌ語地名 (1382) 「ポンモワァップ川・シュウター川・新田押」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

ポンモワァップ川

pon-mo-ut-ta-p??
小さな・小さな・あばら・そこにある・もの
(?? = 旧地図等に記載あり、独自説、類型未確認)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
国道 237 号の「幌去橋」から仁世宇川沿いを 1.8 km ほど遡ったところに「仁世宇園」というヤマメ料理が味わえる釣り堀があるのですが、「仁世宇園」のすぐ近くで「ポンモワァップ川」が西から仁世宇川に合流しています。

北海道実測切図』(1895 頃) には「ポンモウッタㇷ゚」と「ポロモウッタㇷ゚」という川が描かれていました。


小さなエイが流れ着いた?

戊午日誌 (1859-1863) 「左留日誌」には次のように記されていました。

 またしばし過て
      ホンモウツタ
      ホロモウツタ
 同じく左の方小川二ツ有。モウツタとは小さき鱏の事を云よし也。昔し海嘯の時此処え来り死し有りしによつて号しとかや。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下』北海道出版企画センター p.66 より引用)※ 原文ママ
頭註には「鱏」は「えい かすべ」とあります。uttap は「エイ」を意味し、海嘯つなみでここまでエイが流されてきた……というストーリーのようです。

新冠に「スタップ川」という川があるのですが、この川も huttap で「カスベ(エイ)」ではないか……と言われています。この「カスベ(エイ)」は「横臥した山」の喩えではないかとも考えられるのですが、「ポンモワァップ川」のあたりにそれらしい山があるかと言うと……微妙ですね。

仁世宇川と国道 237 号の間の山が平べったい丘のようになっているようにも思えますが、「ポンモワァップ川」とは少し離れているようにも思えます。

「ポンモワァップ」は「ポンモウッタㇷ゚」の誤記だと考えられます。「ポンモウッタㇷ゚」は pon-mo-uttap で「小さな・小さな・エイ」ということになるでしょうか。「小さな」が形を変えて続くのも奇妙な感じがありますが、隣に poro- があるので不問にして良さそうでしょうか。

ただ、日高町富川から「仁世宇園」までは国道 237 号で 40 km ほど離れているので、流石にここまで津波が来たというのは俄には信じがたいというのが正直なところです。「エイが流されてきたので」は話を盛り過ぎた……と考えたいです。

小さな・あばら(川)?

では「モウツタ」とは何か……ということになるのですが、mo は「小さな」あるいは「静かな」で、ut は「あばら」を意味します(「ウトナイ湖」が有名)。ta は「打つ」「断つ」「切る」あるいは「掘る」「汲む」と言った意味の他に「そこ」あるいは「そこにある」という意味もあるので、mo-ut-ta-p だと「小さな・あばら・そこにある・もの」と解釈できる……?

「あばら」は、地名(地形)においては「本川に直角に近い角度で合流する」ことを形容しているとも言われます。「ポンモワァップ川」は仁世宇川に直角に近い角度で合流しているので、「あばら」と呼ぶのに相応しいと言えるかもしれません。

ここで改めて問題にしたいのが、何故 mo- を冠しているのか……という点です。moutmoutta と言った語があれば話は早いのですが、手元の資料を見た限りではそれらしい語は見当たらないように思えます。

敢えて mo- を冠しているのは、si- を冠した地名が近くにあるから……と考えたくなります。そう思って地図を眺めてみたところ、6~7 km ほど北に「シュウター川」があることに気づきました。これが si-ut-ta で「大きな・あばら・そこにある」だったとすれば……?

気になる点があるとすれば ut-ta という用例を見かけた記憶が無いというところです。sut-ta で「根もと・に(ある)」という例は見つかったのですが……。

シュウター川

si-ut-ta??
大きな・あばら・そこにある
(?? = 旧地図等に記載あり、独自説、類型未確認)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
「町道仁世宇川沿線」の「仁世宇三号橋」が渡る川で、西から「仁世宇川」に合流しています。

東西蝦夷山川地理取調図』(1859) には「シユツタ」と描かれています。


北海道実測切図』(1895 頃) には「シュータ」という名前の川が描かれています。


戊午日誌 (1859-1863) 「左留日誌」には次のように記されていました。

 また少し上りて
      (シ)ウツタ
 左りの方小川。其名義不解よし也。また形計の小川なれば別に云伝えもなしと云り。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下』北海道出版企画センター p.66-67 より引用)
うーむ……。「川名の由来は良くわからない」というのはいいとして、「形ばかりの小川なので」とあるのが凄く気になります。てっきり聞き書きかと思ったのですが、少なくとも「(シ)ウツタ」のあたりは実際に踏破したように記されています。

現在の「シュウター川」は「仁世宇川」(国土数値情報では何故か「ニセウ川」)の支流の中では三番目くらいに大きな川です。とても「形ばかりの小川」とは言えないので、何らかの齟齬がありそうですね。

永田地名解 (1891) には次のように記されていました。

Shiū ta   シュー タ   鍋ヲ作ル
永田方正北海道蝦夷語地名解』国書刊行会 p.233 より引用)
永田さん、鍋、好きですよね……。

現在の「シュウター川」の立地と特徴からは sum-ta で「西・にある」と考えたくなったのですが、「ポンモワァップ川」とコンビ(?)を組んでいたと仮定すれば si-ut-ta で「大きな・あばら・そこにある」だったのでは……ということになりそうですね。

松浦武四郎が記録した「シユツタ」が現在の「シュウター川」と同一であるかどうかは若干の疑念も残りますが……。

新田押(しんたおす)

si-ut-ta-us-i??
大きな・あばら・そこにある・いつもする・もの(ところ)
(?? = 旧地図等に記載あり、独自説、類型未確認)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
「仁世宇園」の東北東の山上に「新田押」という名前の三等三角点があります(標高 323.0 m)。「点の記」によると、この三角点は「字イ?チシ」の「俗稱シンタヲス」に存在する……とのこと。

この「シンタヲス」はアイヌ語由来だと思われるのですが、『北海道実測切図』(1895 頃) や『陸軍図』にはそれらしい地名を確認できません。仮に「シンタヲス」の「シンタ」が si-ut-ta だとすれば、si-ut-ta-us-i で「大きな・あばら・そこにある・いつもする・もの(ところ)」ということになり、「屋上屋を架す」感が……。

一応、ut-ta を「あばら・掘る」と解釈すれば違和感は多少改善されるのですが、「あばらを掘る」というのも妙な感じがします。そもそも ut-ta という解が適切であるかどうか、もう少し検討すべきなのかもしれません。

皮肉なことに、永田地名解 (1891) の「鍋を作る」という解を正とすれば su-ta-us-i で「鍋・作る・いつもする・ところ」と読めてしまいます。これは文法的にも違和感の無いものですが、そもそも「鍋を作る」という地名があったかどうかを疑っているので……。

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