この記事内の見出しは高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』(中央公論事業出版)の「初版からの省略版(普及版)の削除部分を示す対照表」の内容を元にしたものです。この対照表は、高梨謙吉訳『日本奥地紀行』(平凡社)および楠家重敏・橋本かほる・宮崎路子訳『バード 日本紀行』(雄松堂出版)の内容を元に作成されたものです。
仏教寺院
普及版の「第三十三信」は「風光」「風の都」「奇異な屋根の波」だけで終わっていますが、初版(完全版)の「第三十八信」はその後に「社会的退屈」「伝導拠点」「無秩序なミサ」「日々の説教」「仏教寺院」「仏教の説教」と題されたセンテンスが続いていました。ここからは「仏教寺院」と題されたセンテンスです。このあたりは「普及版」ではバッサリとカットされたわけですが、これは「奥地紀行とは直接関係が無いから」と見るべきなのでしょう。
となると「初版」でこのような内容が詳らかに記されたのは何故? という話になりますが、これはイザベラの奥地紀行を支援してくれたイギリス政府筋や教会関係者に向けた、いわば「スポンサー向け」の内容だったと考えられます。
イザベラはわざわざ日帰りで渡島大野(現在の北斗市)に向かい「無秩序なミサ」を自身の目で確かめていましたが、一方で「敵情視察」も怠り無かったようです。
大寺院はいつも午後はすべて貧しい階級の男女でいっぱいですが、彼らが出来うる限り静かで秩序だっています。
(高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』中央公論事業出版 p.137 より引用)
この「貧しい階級の男女」は渡島大野のミサで「暴れていた」層とイメージが重なるのですが、実際のところはどうだったのでしょう……?彼らは、僧侶が勤行する、聖なる場所から棚で仕切られた場所にいます。街中で聞くことができますが、非常に低くてやさしい、大きな銅製の鐘の音がそれを聞いた人を呼び寄せ、きっちり 3 時に、僧侶が重い金色に塗った寺院の内陣のドアを折り重ねて開き、壮麗な内部を通して照らす「薄暗い宗教のあかり」訳注 1 を振りまく蝋燭 とランプに火を灯します。
(高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』中央公論事業出版 p.137 より引用)
「訳注 1」にはジョン・ミルトンの「沈思の人」がリファレンスとして添えられていました。この詩からの引用ということでしょうか?イザベラは「鐘の音」を「非常に低くてやさしい」と記していますが、「そうか、そう言えば」と思わせますね。「除夜の鐘」で耳にする重低音は(日本では)ごく当たり前のものですが、「教会の鐘」と比べると圧倒的にヘヴィな音でありながら音が割れるような激しさはありません。
その後もイザベラの詳述が続きますが、まさに「実況」レベルなので割愛します。
再び鐘の音がして、それから鐘のチリンチリンという音といっしょに唱和が単調に繰り返されます。その合間の人々の応誦は彼らにも分からない言葉で、南無阿弥陀仏 と唱えます。
(高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』中央公論事業出版 p.137 より引用)
「南無阿弥陀仏」が気になるのですが、原文にもしっかりと Namu Amida Butsu と記されていました。「彼らにも分からない言葉で」という注釈が添えられているのも面白いですね(まさにその通りなのですが)。「南無」と「阿弥陀」はサンスクリット語由来ではないか、とのことらしいですが……。1 時間後、僧侶たちは列を作ってしずしずといなくなりました。それまで祭壇に跪いていた僧侶のうちの一人は人々と彼らを分けている柵のすぐ中の四角い説教台に上がっていき、日本式ではなく、その信仰の創設者[釈迦]の流儀に基づいて、日本式ではなく足を交差させて坐り、1 時間に亘って非常に熱心に説教をしました。
(高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』中央公論事業出版 p.137 より引用)
「日本式ではなく」とあるのは「仏教の説教
イザベラは、函館で日々行われている仏教の「説法会」が(渡島大野でのキリスト教のミサとは異なり)非常に秩序正しく行われていたことについての感想は記していません。その代わりに(?)、日本での「説教」がどれだけ楽しいものであるかを力説していました。
日本で話される説教がどんなに面白くすることができるかお知らせしましょうか。以下は、ちょうどここにある 1875 年 6 月の「ジャパン・メイル」に出ている注目すべき記事の翻訳の一片です。
(高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』中央公論事業出版 p.138 より引用)
そして中国の古典をもとにした説教の具体例を挙げているのですが、それに続く訳文が……ちょっと良くわからないことになっていました。1000 の説教台の残響が、はじめの文章の中にある──これらの言葉は、わが善き友々よ、あなた方皆がよくご存知の『小学』[朱熹原案;劉子澄作]の嘉言 と呼ばれる節に見られる。(中略)極めて価値ある凝縮された教訓を含んだ 2、3 ページは以下のようです。
(高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』中央公論事業出版 p.138 より引用)
原文は次のようになっていました。The echoes of a thousand pulpits are in the opening sentences: "These words, my good friends, are found in the section called Kagen of the Shogaku, which is so well known all of you. They are indeed blessed words, and well suited to be our text this evening. These words are short, but they contain an invaluable lesson."
(Isabella L. Bird, "Unbeaten Tracks in Japan" より引用)
翻訳(通訳)における、もはや古典的な命題と言っても良さそうな「不実な美女か貞淑なちなみに時岡敬子さんはこのセンテンスの最初の部分を次のように訳していました。
何百人もの聖職者が同じように説教をつぎのように始めます。
(イザベラ・バード/時岡敬子訳『イザベラ・バードの日本紀行 下』講談社 p.37 より引用)
ああ、そういうことだったのか……と思わせる訳ですが、原文は thousand ですし、pulpit は「説教壇」や「講演台」を意味する語で「聖職者」とはどこにも書かれていません。これが「不実」と言えるかどうかは、難しいところですね。説教は日本の一つ屋根の下に集まる最も大きい集会の注意をも惹きつけるだろうと私が十分信じることが出来る、想像上の会話で終わります──。
(高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』中央公論事業出版 p.138 より引用)
この後に、たった一言の失言で夫婦喧嘩がエスカレートする様を示した寸劇のような内容が続いていました。要は「どんな時も発する言葉には気を使いましょう」という教訓なのですが……ある疑念が頭をもたげてきました。イザベラは、実は「説法」を見ていたのではなく「高座」を見ていたんじゃないかと(汗)。なんか内容が「夫婦漫才」っぽいというか、あるいは「落語」っぽいんですよね。まぁ聴衆が爆笑していたという描写は無いので、ちゃんと「説法」だったのだと思いたいですが……。
いや、「僧侶のうちの一人は人々と彼らを分けている柵のすぐ中の
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