この記事内の見出しは高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』(中央公論事業出版)の「初版からの省略版(普及版)の削除部分を示す対照表」の内容を元にしたものです。この対照表は、高梨謙吉訳『日本奥地紀行』(平凡社)および楠家重敏・橋本かほる・宮崎路子訳『バード 日本紀行』(雄松堂出版)の内容を元に作成されたものです。
無秩序なミサ
普及版の「第三十三信」は「風光」「風の都」「奇異な屋根の波」だけで終わっていますが、初版(完全版)の「第三十八信」はその後に「社会的退屈」「伝導拠点」「無秩序なミサ」「日々の説教」「仏教寺院」「仏教の説教」と題されたセンテンスが続いていました。ということで、引き続き、普及版では完全にカットされた「無秩序なミサ」を見ていきます。イザベラは大野(渡島大野、現在は「新函館北斗駅」の所在地です)まで馬に乗って小旅行に出かけたのですが……
大野には板張りの床の伝道教室があって、伝道師の小川がそこに住んでいます。しかし、1 年に亘ってキリスト教の講義をしましたが結果は出なかったのです。
(高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』中央公論事業出版 p.135 より引用)
いきなりズバっと来ましたね。私企業であれば「一年間結果が出せなかった」という時点で配置転換の話とかも出そうな気もしますが……。もっとも地元民にそっぽを向かれた、あるいは徹底的に無視されていたということでは無かったようで……村は祭りの最中でしたが、教室の戸が 8 時に開くと、直ちに、秩序のない男や女、子どもたちでいっぱいになります。
(高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』中央公論事業出版 p.135 より引用)
なぁんだ、大盛況じゃないですか。ただ「秩序のない男や女」の行状は凄まじいものだったらしく……300 人の人間のなかには酒に酔ったのもいて、下駄を鳴らし、叫び、窓の枠に鈴なりになって、長椅子によじ登り、大声で笑ったり、食べたり、ランプでタバコに火をつけたり、彼らの着物を脱ぎ捨てたり、1 時間と四半時もの間、大声を出し続けたりする、私がこれまで眼にしたなかで、最も見込みがない聴集です。
(高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』中央公論事業出版 p.135 より引用)
「聴集」という語は「聴衆」の誤字でしょうか。客商売を始める場合は「まずはとにかく人を集める」ところからだと思うのですが、まさにそんな状態のようにも思えます。一年間の成果がこれだとしたら、なかなかキツいですが……。デニング氏は卓越した言語の才能の持ち主で、下級階層の日常会話の日本語を堪能に習得しただけでなく、彼らが話すときの調子まで自由に話せるのです。頑丈な体格で非常に力強い声の持ち主で、忍耐強く大騒ぎの声を抑えて耳を傾けさせます。
(高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』中央公論事業出版 p.135 より引用)
「デニング氏」は「英国教会殿堂協会」が函館に派遣した人物のようです。イザベラは「デニング氏」の日本語力を絶賛していますが、欧米人はジョン・バチェラーのアイヌ語力についても絶賛していたことがあるので、額面通りに受け取るのは禁物かもしれません。イザベラはこの日の惨状を、自身を含めた「3 人の外国婦人」がやってきたことによる「例外的な事態」と考えたようですが、どうやらそうではなかったとのこと。
イザベラは「デニング氏」の奮闘ぶりを、以下のように絶賛していました。
デニング氏は彼の時間を割き、力の限り、彼の仕事に、これ以上はないという気力と活力と情熱を持って、心血を注いでいます。
(高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』中央公論事業出版 p.135 より引用)
それに続く次の文章は、随分と難解なものになってしまっています。それが反対勢力と失望によって、凌駕されることも凍らせられることもなくて、もしそうでなければ、仏教の僧侶が人々に「新しい方法」に反対するようにたきつけたため、大野の聴集がとうの昔に彼の努力を終わらせるはずだったにちがいないのです。
(高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』中央公論事業出版 p.135-136 より引用)
原文にも当たってみましたが、なるほど確かにこんな感じの文章です。時岡敬子さんの訳文はもう少し日本語として読みやすくなっているでしょうか。まぁ、ざっくりニュアンスを書けば「デニング氏はこの上なく努力しているが仏教の僧侶が民衆を焚き付けて嫌がらせをしている」ということですね。なんとも独善的な考え方にも思えますが……。
もっともイザベラにしてみれば「仏教の僧侶が嫌がらせをしている」というのも「根拠のない話」では無かったようで、以下のように続けていました。
神道が優勢であるところでは、無関心が決まりとなっています。
(高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』中央公論事業出版 p.136 より引用)
イザベラは「これだから仏教は」という風に捉えたのかもしれませんが、当時は神道よりも仏教のほうがより一般民衆に近い存在だったような気もするので、「仏教(の僧侶)がキリスト教に敵愾心を抱いていた」と一般化して捉えるのも、ちょっと注意が必要なんじゃないかな、とも思えます。イザベラと同行の「ご婦人たち」が大野(渡島大野)を出発したのは午後 9 時で、なんと函館に到着したのは午前 1 時だったとのこと(!)。馬上の旅とは言えタフなものだったようですが、疲労困憊だったイザベラの眼前には函館の夜景が広がっていました。
それは私が日本で見た最初の本当にこの上なく美しい夜で、宝石をちりばめたように露をおく草に鋭い木の影を落とし、銀色の海に広がる明るい月の光、山の頂上を横切る銀色の雲、花たちの眠る香りを乗せた涼しくて柔らかい空気でした。
(高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』中央公論事業出版 p.136 より引用)
高畑さんの和訳は、ちょっと日本語としては奇妙に思えることもあるのですが、原文の構造をなるべく損なわないように訳してあるが故、とも言えそうな感じです。日々の説教
続いて「日々の説教」と題されたセンテンスに入ります。函館の中心街では日曜日の夕方に「祈りのための会堂が開かれる」とのこと。人々はとても静かで、忍耐強くじっとしていて、大野の「異教徒」とは全く違います。
(高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』中央公論事業出版 p.136 より引用)
「異教徒」は原文では "pagans" となっていました。イザベラは「異教徒」についてはバッサリと舌鋒を振るうのに対し、同胞のキリスト教伝道者に対しては全体的に歯切れの悪い書きぶりに終始しているようにも見えます。ここでの伝道は、大変骨の折れる仕事のように思えます。その仕事は求められ成し遂げられなければなりませんが、しばしば、目新しさは過ぎ去り表面的興味は失せてしまっています。
(高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』中央公論事業出版 p.136 より引用)
これも、ざっくり言えば「新奇なものとしての旬が過ぎて苦戦している」ということですよね。いけしゃあしゃあとウソを並べないあたりは評価に値しますが……。医療伝道は全く違う立場にあります。彼の仕事は彼を必要としていて、限りない面白い分岐を繰り返し日々成長しています。彼には、少なくとも人々の体を首尾よく助けることが出来るという満足があります。
(高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』中央公論事業出版 p.136 より引用)
「医療伝道」というのは、平たく言えば「病気を治してやるから改宗しろ」ということですよね。病という *弱味* につけ込むあたりが極めて悪質に思えるのですが、これは……効果があるのでしょうね。‹ 前の記事
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