2026年4月10日金曜日

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北海道のアイヌ語地名 (1367) 「パンケイワナイ川・ムベツ沢川・オソウシノ沢川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

パンケイワナイ川

panke-iwa-nay
川下側の・岩山・川
(旧地図等に記載あり、既存説、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
平取町豊糠で北西から額平川に合流する支流です。『北海道実測切図』(1895 頃) には「パンケイワナイ」と描かれていますが……


東西蝦夷山川地理取調図』(1859) には「イワナイ」とだけ描かれています。


戊午日誌 (1859-1863) 「左留日誌」には次のように記されていました。

また少し上り
     イワナイ
左りの方高山の間岩崖有る処のよし也。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下』北海道出版企画センター p.36 より引用)
iwa は「岩山」あるいは「山」を意味するとされます。『地名アイヌ語小辞典』(1956) には次のように記されていました。

iwa イわ 岩山;山。──この語は今はただ山の意に用いるが,もとは祖先の祭場のある神聖な山をさしたらしい。語原は kamuy-iwak-i(神・住む・所)の省略形か。
知里真志保『地名アイヌ語小辞典』北海道出版企画センター p.38 より引用)
実体を伴う(=概念ではない)「山」を意味する語としては nupuri もありますが、nupuri が山全般に使われるのに対し、iwa は「岩山」や「神聖な山」に限定される傾向がある……ということでしょうか。

岩山を流れる川なので iwa-nay で「岩山・川」とのこと。「岩内」あるいは「イワナイ」という地名・川名は後志の「岩内町」以外にも道内にいくつか存在しますが、iwa-nay だとする説と iwaw-nay(硫黄・川)とする説があるように思われます。

六つの川?

パンケイワナイ川の北西の山向こうに「岩知志」という地名があるのですが、この「岩知志」は iwan-chis で「六つの・中凹み」(あるいは「六つの・岩山」)という説があったと記憶しています。

今回の「パンケイワナイ川」も「川下側の・六つの・川」だったら面白いなぁ……などと想像してみたのですが、「パンケイワナイ川」と「ペンケイワナイ川」の間に谷川が四つあるように見えなくもない……ような気も。

まぁ「六つの──」があるならば「五つの──」や「七つの──」もある筈で、「六つの──」ばかりが続くのは奇妙です。やはり言葉遊びの域を出ないような感じでしょうか。

不思議なことに『北海道実測切図』には現在の「シキシャナイ岳」が「イワナイヌプリ」と描かれていて、現在の「イワチシ川」が「イワナイ」と描かれていました。額平川と沙流川の分水嶺の南北に「イワナイ」が存在したということになるのですが……。

ムベツ沢川

mem-puti-nay??
泉池・口・川
(?? = 旧地図等に記載あり、独自説、類型未確認)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
パンケイワナイ川の河口のすぐ北西に「幌見橋」という橋があり、橋のすぐ横で額平川に東から合流する支流です。『北海道実測切図』(1895 頃) には「メンペッ」と描かれていますが、『東西蝦夷山川地理取調図』(1859) にはそれらしい川が見当たりません。


戊午日誌 (1859-1863) 「左留日誌」には次のように記されていました。

またしばしをのぼりて同じ方に
     ヘンケイワナイ
     メンベチナイ
右の方小川也。其名義はメムと云て水溜り有る川のよし也。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下』北海道出版企画センター p.36 より引用)
ふーん……と思って納得しかかったのですが、これって mem-pet-nay だと言っている……のでしょうか。mem は「泉池」を意味するのですが、問題は pet-nay で、これだと「川・川」ということになってしまいます。mem-pet-nay は「泉池・川・川」という珍妙なことに……?(「ヘンケイワナイ」を「右の方小川」としているのも、何らかの誤りがありそうです)

頭註には次のように記されていたのですが……

mem・pet
水溜り・川
古来からのペツに後から入ってきたナイがついた形の地名
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下』北海道出版企画センター p.36 より引用)
確かにそう考えるしかないんですが、果たしてそんな珍妙なことが起こり得るのか、類例が極めて乏しいので気になるところです。

pet ではなく puti だとすれば mem-puti-nay で「泉池・口・川」となります。地形図を眺めてみると、この川の流域は小さな扇状地のようになっているので、扇央に泉池があったとしても不思議ではなさそうに思えます。

オソウシノ沢川

o-so-us-i
河口・滝・ついている・もの
(旧地図等に記載あり、既存説、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
「ペンケイワナイ川」の河口から額平川を 1 km ほど遡ったところで南から合流する支流です。『東西蝦夷山川地理取調図』(1859) にはそれらしい川名が見当たりませんが、『北海道実測切図』(1895 頃) には「オソーウシ」と描かれていました。


何故か戊午日誌 (1859-1863) 「左留日誌」にもそれらしい記述が見当たりませんが、永田地名解 (1891) には次のように記されていました。

Osō ushi   オソー ウシ   瀑 枝流ノ本川ニ入ル所ニ瀑アリ
永田方正北海道蝦夷語地名解』国書刊行会 p.236 より引用)
o-so-us-i で「河口・滝・ついている・もの」と見て良さそうですね。地形図でも見るからにそんな感じなので、疑問を差し挟む余地は無さそうです。川の東にある「於曽牛山」も「オソーウシ」から名前を拝借したと見て良さそうですね。

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