(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
シキシャナイ岳
sir-kisan-nay??
山・耳・川
山・耳・川
(?? = 旧地図等に記載あり、独自説、類型未確認)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
「イワチシ川」を遡った先に存在する、標高 1,058 m ほどの山です。国道 237 号には「上岩知志」の手前(南西側)に「敷舎内」という名前のバス停が存在します。また「イワチシ川」河口の南、沙流川にある北海道電力岩知志発電所の東に「敷舎内」四等三角点が存在するとのこと(標高 254.1 m)。『東西蝦夷山川地理取調図』(1859) や『北海道実測切図』(1895 頃) にはそれらしい地名が見当たらず、永田地名解 (1891) にも記載が無さそうですが、戊午日誌 (1859-1863) 「左留日誌」には次のように記されていました。
またしばし過て
シキシヤナイ
右のかた相応の川也。其名義は槲柏の実多く流れ来りしより号しとかや。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下』北海道出版企画センター p.69-70 より引用)
「岩知志」の項でも触れましたが、この「シキシヤナイ」は現在の「イワチシ川」のことだと考えられます。何故か「シキシヤナイ」は川名としては失われてしまったものの、上流部の山の名前として生き延びていた……ということのようです。「槲柏の実」はどんぐりのことだと思われるのですが、頭註にも「どんぐりは一般にコム」と指摘があります。知里さんの『植物編』(1976) を見ても「どんぐり」は kom、tun あるいは nisew あたりで、「シキシヤナイ」との繋がりが見えてきません。
一旦「どんぐり」のことは忘れて、他の可能性を考えてみましょうか。『藻汐草』(1804) によると「シキシヤラゲシ」が「目尻」を意味するとのこと。知里さん風に分解してみると sik-kisar-kes で「目・耳・尻」となるでしょうか。
kisar(耳)は to-kisar で「沼の奥が耳のように陸地に入りこんでいる部分」(『地名アイヌ語小辞典』(1956) p.130)だと思っていたのですが、同じく『地名アイヌ語小辞典』の kisar の項には……
kisar, -a キさㇽ 耳。地形では耳のように突出ている部分。→ to-kisar. [<key(頭)sar(尾)?]
(知里真志保『地名アイヌ語小辞典』北海道出版企画センター p.49 より引用)
むむ、これは……! 改めて地形図で「敷舎内」三角点を見てみると……
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
これは……確かに耳のように突き出ていますね。沼の奥が耳のように入り込んでいるのが to-kisar なので、山が耳のように突き出ているのは sir-kisar で「山・耳」ということに……?「r は,n の前に来れば,それに引かれて n になる」ので(『アイヌ語入門』(1956) p.169)sir-kisar-nay は sir-kisan-nay で「山・耳・川」となりますね。「シㇽキシャンナイ」がいつしか「シキシャナイ」と発音されるようになり、ついにはその意味するところが忘れられてしまった……のかもしれません。
ペンケイワナイ川
penke-iwa-nay?
川上側・岩・川
川上側・岩・川
(? = 旧地図等で未確認、既存説、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
国道 237 号の「竜門橋」の南東で沙流川に合流する支流ですが、『東西蝦夷山川地理取調図』(1859) や『北海道実測切図』(1895 頃) にはそれらしい川名が見当たりません。戊午日誌 (1859-1863) 「左留日誌」の内容を確かめる前に、「岩知志」の項で作成した表をそのまま
| 戊午日誌 | 東西蝦夷山川地理取調図 | 北海道実測切図 | 国土数値情報 |
|---|---|---|---|
| イツカナイ | イツカナイ | イㇰカナイ | イツカナイ川 |
| シキシヤナイ | シラリチセウシナイ | (無名の河川) | イワチシ川 |
| - | ? | - | ペンケイワナイ川 |
| - | ? | (無名の河川) | パンケイワナイ川 |
| イワチシ | ? | ? | ? |
| イワナイ | ? | イワナイ | イワナイ川 |
| ヘンケイワチシ | ? | ? | ? |
| フツホコマナイ | ? | (無名の河川) | (無名の河川) |
| サンナコロ | ? | サンナコロ | サンナコロ川 |
この表には含まれていませんが、陸軍図にも「ペンケイワナイ川」という川名は見当たりません(そもそも川として描かれていません)。この川名の初出は、確認できた中では 2000 年測量の 2.5 万地形図「三岩」のようで、1990 年測量の同図幅では「
なんかもうめちゃくちゃですが、現在の「ペンケイワナイ川」をそのまま解釈すると penke-iwa-nay で「川上側・岩・川」と言ったところでしょうか。「ペンケ」も「イワ」も「ナイ」もアイヌ語由来だと考えられますが、果たしてこんな川名で呼ばれたことがあったのか、ちょっと疑わしく思えてきますね。
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