2026年5月31日日曜日

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北海道のアイヌ語地名 (1390) 「パンケユウケシュオマナイ川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

パンケユウケシュオマナイ川

panke-iwor-kes-oma-nay??
川下側の・狩場・末端・そこにある・川
(?? = 旧地図等に記載あり、独自説、類型未確認)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
国道 274 号が右折(あるいは左折)する交叉点から 2.5 km ほど北東に進んだところに「発電所」という名前の四等三角点があるのですが(標高 290.1 m)、その南あたりで沙流川に注ぐ南支流です。川名は国土数値情報によるもので、地理院地図には川として描かれていません。

謎の「ユーケシオマナイ」

妙なことに(そしてこれは良くあることでもありますが)、『北海道実測切図』(1895 頃) では現在「パンケユウケシュオマナイ川」だとされる川には名前が記されておらず、西隣にある、現在は「三号の沢川」とされる川に相当する川が「ユーケシオマナイ」と描かれていました。


ただ、戊午日誌 (1859-1863) 「左留日誌」の内容と照らし合わせると……

戊午日誌北海道実測切図国土数値情報
ヲカシユク(ウ)ンベオカシュウンペ岡春部川
ウツフヌプリパオマナイ銀沢川
ハンケウサフパンケウシヤㇷ゚パンケウシャップ川
ヘンケウサフ--
フンカウユーケシオマナイ三号の沢川
-ペンケウシヤㇷ゚ペンケウシャップ川
ユウケシヨマナイ(無名の川)パンケユウケシュオマナイ川
ヲアイタカリオアイタカレップオワイタカ沢

こんな感じになり、『北海道実測切図』の「ユーケシオマナイ」の位置がむしろ疑わしく見えてきます。

「鹿が沢山いる沢」?

戊午日誌「左留日誌」には次のように記されていたのですが……

またしばし過て
     ユウケシヨマナイ
右のかた小川有。其名義は鹿が沢山に有る沢と云儀のよしなり。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下』北海道出版企画センター p.73 より引用)
これは……。yuk が「鹿」で、「ヨマナイ」は oma-nay あたりかなぁ……と考えたくなります。となると「ケシ」は kes で「末端」になりそうですが、「鹿の末端」というのは文法的にナンセンスなので、見直しが必要です。

では kes ではなく us だったらどうだろう……とも思ったのですが、usoma はどっちも動詞なので、この二つが続くというのもあり得ない組み合わせです。そして us ではなく kus だったとしても同じ問題にぶつかってしまいます。

kes は「末端」を意味する位置名詞ですが、それとは別に「まだら」をも意味するとのこと。ただ yuk-kes-oma-nay だとすれば「鹿・まだら・そこにある・川」ということになり、文法的な問題は減ったとは言え意味不明であることには違いはありません。

kes は「残り」?

萱野茂のアイヌ語辞典』(2010) によると、kes-anpa で「追いかける」あるいは「追い出す」を意味するとのこと。kes には「末端」や「尻」のように位置を示すだけではなく「残り」と捉えることもできるようで、kes-anpa は「残りを・持つ」と分解できるみたいです。

地名では rur は「海」や「海水」を意味するとされますが、沙流方言では rur は「(味噌汁などの)汁(の部分)」を意味するそうで、rur-kes で「汁の残り」となるみたいです。となると yuk-kes は「鹿の残り」と捉えることも(理屈の上では)可能ですが、わざわざ「どんくさい鹿のいる川」と呼ぶのも妙な感じがします。

ちょいと無理のある仮説

いくつかの可能性を考えてみたのですが、どれも一長一短です。仮に kes に「足跡」という意味があるのであれば yuk-kes-oma-nay は「鹿・足跡・そこにある・川」となり、シンプルで違和感のない解釈と言えます。

ただ手元の辞書類では kes に「足跡」という意味があったとは記されていないため、これは……いくらなんでも無理がある、でしょうね。

「『いつもあれを取るところ』にある川」?

となると「ユウケシ」の意味を再検討すべきなのかもしれません。yúkus-to で「ヒシの実をとる沼」を意味しますが、知里さんによるとこれは i-uk-us-to で、i-uk-us-to は「あれを・取る・いつもする・沼」と読み解けます。

「ユウケシ」ならば i-uk-us-i で「あれを・取る・いつもする・ところ」と読めそうな気がするので、「ユウケシヨマナイ」であれば {i-uk-us-i}-oma-nay で「{あれを・取る・いつもする・ところ}・そこにある・川」と読める……かもしれません。

「狩場の末端にある川」?

随分とくどい解釈になってしまいましたが、あるいはもっとシンプルに iwor-kes-oma-nay で「狩場・末端・そこにある・川」だった可能性もあるかもしれません。「イウォ」が「ユウ」に転訛したという想定ですが、松浦武四郎が記録した「鹿が沢山いる」という解釈とも一応整合性は取れている……とも言えます。

知里さんは iworiwa-or だったのではないかと考えていたようで、この iwa は「岩内川」などの iwa と通じるものがあるかもしれません(逆に iwaiwor に通じると見ることもできるのかも)。

yuk(鹿)という解釈を捨てるのはちょっと勇気が必要でしたが、よく考えてみると松浦武四郎も「鹿」とは記したものの yuk とは記してないんですよね。

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