(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
オワイタカ沢
o-ay-ta-kari??
河口・カジキの上顎・そこで・まわる・ところ
河口・カジキの上顎・そこで・まわる・ところ
(?? = 旧地図等に記載あり、独自説、類型未確認)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
「パンケユウケシュオマナイ川」の 0.8 km ほど上流側で沙流川に合流する支流です。『北海道実測切図』(1895 頃) にも「オアイタカレップ」と描かれていました。「矢が当たらなかった」説
「オアイタカレップ」とは随分と珍しい川名に思えますが、戊午日誌 (1859-1863) 「左留日誌」には次のように記されていました。またしばし過て
ヲアイタカリ
左りの方小川。其名義昔し鹿を追て行しに、追附得ざりしかば、弓を放事る 処、其矢不レ当しと云儀のよし。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下』北海道出版企画センター p.73 より引用)
アイヌは狩猟に出かける前に「弓占い」を行うことがあったと言われます。特定の場所から的を撃ち抜くことができれば狩りの大成功が約束され、撃ち抜くことができなければそれなりに……ということだったらしく、道内のあちこちに「チトカニウシ」(chi-tukan-us-i)と呼ばれる場所が「弓占い」の舞台として残されています。また、弓矢が届かなかった場所を aykap で「できない」「届かない」と呼んだ……とされます(「愛冠」が有名)。「ヲアイタカリ」あるいは「オアイタカレップ」は aykap と近いようにも思えますが、よく見ると「ヲアイ
「ヲアイタカリ」は aykap では無さそうですが、ay は「矢」を意味するので、インフォーマントの話はそこからの連想である可能性が高そうに思えます。「ヲアイタカリ」であれば o-ay-ta-kar-i あたりになるでしょうか。
弓矢は本当に放たれたのか
o-ay が「河口・矢」になるのは良いとして、続く ta-kar がちょっと謎です。takar であれば「夢を見る」ですが、これは流石に意味が良く分からないので一旦考慮から外しましょうか。ta は「打つ」「断つ」「切る」あるいは「掘る」「汲む」と言った不完動詞としての用法と、「そこ」という指示代名詞としての用法と「そこに」「~に」「そこにある」と言った副詞・助詞としての用法が考えられます。
問題は kar で、「打つ」「作る」「取る」「刈る」「する」という不完動詞であると同時に、「回る」「巻く」をも意味し、また「他動詞についてその意味を強める」用法もあるとのこと。ここまで見た限りでは ta-kar は「作る・する(強意)」と解釈すべきでしょうか。つまり o-ay-ta-kar-i であれば「河口・矢・作る・する・ところ」となる……?
不思議なのが(まぁ薄々想像はしていましたが) ta も kar も「(矢を)射る」あるいは「(矢を)放つ」と言ったニュアンスが無さそうなところです。やはり「矢が当たらなかった」というのは後づけの「設定」であり、o-ay-ta-kar-i は全く異なる風に解釈すべきということでしょう。
「カジキの上顎」説
ay を平取町の「ハヨピラ」や「ウエンハエシナイ沢川」のように「カジキの上顎」と考えるとどうなるでしょうか。もし kari を「まわる所」を意味する名詞句として捉えることができるのであれば、o-ay-ta-kari で「河口・カジキの上顎・そこにある・まわる所」となりそうな気もします。あるいは「河口・カジキの上顎・そこで・まわる・ところ」と解釈することもできる……?
地形図で「オワイタカ沢」を見ると、東隣の山から河口近くに向かって南西に鋭い峰が伸びているのですが、これを「先端が曲げられたカジキの上顎」に見立てたのかなぁ……という想像です。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
あ、「そこで・まわる・ところ」ではなく「そこで・まわる・もの(川)」のほうがより自然かもしれませんね(川名は川を識別するためのものなので)。ちょっと曲がり方が弱い気もしますが……。他に類型を見ませんし、何らかの見落としがあり本当はもっとすんなり解釈できる地名なのかもしれませんが、今のところはこんな感じかと……。ルーケシオマナイ川
ru-kes-oma-nay
路・末端・そこにある・川
路・末端・そこにある・川
(? = 旧地図等に記載あり、独自説、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
「オワイタカ沢」の河口から 1.5 km ほど東に「岩石橋」という橋があるのですが、そのすぐ近くで南から沙流川に合流する支流です。『北海道実測切図』(1895 頃) にも「ルーケㇱュオマナイ」という川が描かれていました。「ケㇱュ」(「ㇱ」が小書き)というのは永田方正テイストが感じられますが、永田地名解 (1891) にはそれらしい川名が見当たらないように思えます。
しかも困ったことに、戊午日誌 (1859-1863) 「左留日誌」にもそれらしい川名が見当たりません。表にしてみるとこんな感じです。
| 戊午日誌 | 北海道実測切図 | 国土数値情報 |
|---|---|---|
| フンカウ(右) | ユーケシオマナイ | 三号の沢川 |
| ユウケシヨマナイ(右) | (無名の河川) | パンケユウケシュオマナイ川 |
| ヲアイタカリ(左) | オアイタカレップ | オワイタカ沢川*1 |
| ルヱチヱツキ(左) | ルエチユプキ | 滝の沢川 |
| - | ルーケㇱュオマナイ | ルウケシオマナイ川*2 |
| - | - | ペンケユウケシュオマナイ川 |
| ユウヨヒラ(左) | ルヨイピラ | - |
| ニヨタイ | イオロマㇷ゚ | ニオダイ沢川 |
| チロヽ(右) | チロロ川 | 千呂露川 |
| - | シヨタイ | イオカマップ川 |
*2 地理院地図では「ルーケシオマナイ川」
更に困ったことには、松浦武四郎は「ユウケシヨマナイ」という川名だけを記録しています。現在、国土数値情報では「パンケユウケシュオマナイ川」と「ペンケユウケシュオマナイ川」の間に「
「ルーケシオマナイ」を素直に解釈すると ru-kes-oma-nay で「路・末端・そこにある・川」となるでしょうか。割と違和感の無い川名だと思うのですが、「ユウケシヨマナイ」と似ているのが非常に気になるんですよね……。
あと、これは今回の川名とは関係ないですが o-ru-kes-sak で「子孫が絶える」あるいは「跡継ぎがいない」を意味するそうです(「尻・跡・末・持たない」なので)。支流の多い川を「おじいちゃん」と呼ぶなんて話もありますし、ru も頻出語彙なので、留意しておくといつか良いことがあるかもしれません。
‹ 前の記事
www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International



0 件のコメント:
コメントを投稿