2026年5月17日日曜日

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北海道のアイヌ語地名 (1384) 「オタリマップ川・パンケセップ川・ペンケロップ川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

オタリマップ川

ota-or-oma-p??
砂浜・その中・そこにある・もの
(?? = 旧地図等に記載あるが位置に疑問あり、独自説、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
平取岩知志の道道 638 号「宿志別振内停車場線」沿いを北に流れて沙流川に注ぐ支流です。Google マップによると、「オタリマップ川」河口の 0.3 km ほど西(下流側)に「オタリマップチャシ跡」があるとのこと。

ただ不思議なことに『東西蝦夷山川地理取調図』(1859) にはそれらしい川名が見当たらず、また 『北海道実測切図』(1895 頃) には現在の「パンケセップ川」に相当する位置に「オタリマプ」と描かれていました。


戊午日誌 (1859-1863) 「左留日誌」には次のように記されていました。

またしばし過て
     ヲタリヲマナイ
同じく右の方小川。むかし此処まで舟が上りしとか申伝ふなり。其名義は本名レタリヲマナイにして、白土有る沢と云事ならざる哉。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下』北海道出版企画センター p.69 より引用)
前述の通り、現在の「オタリマップ川」と実測切図の「オタリマプ」は位置が異なります。戊午日誌の記録と合わせて沙流川の右支流を表にまとめてみると……

戊午日誌東西蝦夷山川地理取調図北海道実測切図地理院地図
ムセウムセウニセウ川仁世宇
--プンカウ-
ケナシヨシナイケナシハヲマナイイヨロマプオタリマップ川
ヲタリヲマナイヲホヽナイオタリマプパンケセップ川
バンケヒイハンケヒイ
ベンケヒイヘンケヒイピピペンケロップ川
イツカナイイツカナイイㇰカナイイツカナイ川
シキシヤナイシラリチセウシナイ?(無名の川)イワチシ川

だいたいこんな感じでしょうか。戊午日誌の「ケナシヨシナイ」を実測切図の「イヨロマプ」としたのは、「ムセウ」(=仁世宇川)から「十五六丁も岩崖峨々たる処に傍ふて上りて」とあるため、実測切図の「プンカウ」では近すぎるとの判断に依るものです。

「オタリマップ川」の実際の位置がどこだったかは疑いの余地が大いにあるものの、松浦武四郎がインフォーマントの「シユツカトク」から聞いたところでは retar-i-oma-nay で「白い・もの・そこにある・川」だったのでは……とのこと。

ただ、ここまで色々と珍妙な解釈が開陳されてきたこともあるので、「『レタリ』が『ヲタリ』に化けた」というのは本当かなぁ……とつい疑ってしまいます。『北海道実測切図』を見る限りでは、「オタリマプ」は現在の「パンケセップ川」の位置にあったと思われるのですが、「実測切図」『陸軍図』「地理院地図」のどれも河口近くの沙流川に中洲が存在するように描いています。

となると ota-or-oma-p で「砂浜・その中・そこにある・もの」と考えることもできるんじゃないかなぁ……と。

パンケセップ川

panke-pipi?
川下側・小石がごろごろしている所
(? = 旧地図等に記載あるが位置に疑問あり、既存説、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
ということで本来は「オタリマプ」だったと考えられる「パンケセップ川」です。『陸軍図』では現在の「オタリマップ川」の位置に「オタリマップ澤」と描かれているので、大正時代には既に「オタリマプ」の名前が「失われていた」ということになりますね。

ただ、前項で作成した表を環境に優しいコピペで再掲すると……

戊午日誌東西蝦夷山川地理取調図北海道実測切図地理院地図
ムセウムセウニセウ川仁世宇川
--プンカウ-
ケナシヨシナイケナシハヲマナイイヨロマプオタリマップ川
ヲタリヲマナイヲホヽナイオタリマプパンケセップ川
バンケヒイハンケヒイ
ベンケヒイヘンケヒイピピペンケロップ川
イツカナイイツカナイイㇰカナイイツカナイ川
シキシヤナイシラリチセウシナイ?(無名の川)イワチシ川

「パンケセップ川」は「バンケヒイ」に由来する……と考えて良さそうにも思えます。戊午日誌「左留日誌」には次のように記されていました。

またしばし過て
     バンケヒイ
右の方小川也。其名義は小石計有る川と云儀なり。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下』北海道出版企画センター p.69 より引用)
「ヲタリヲマナイ」と「バンケヒイ」の間に「ヲヽチイ」という地名も記録されているのですが、これは「右の方小山皆椴木立」とあるので川では無さそうな感じです。本題の「バンケヒイ」ですが、これは panke-pipi で「川下側・小石がごろごろしている所」と見て良さそうな感じですね。

なお「パンケセップ川」河口のすぐ東の山腹に「比布」(ひっぷ)という名前の四等三角点が存在します(標高 165.8 m)。「セップ」は「ヒップ」の誤読か誤記の可能性もありそうです。

ペンケロップ川

penke-pipi?
川上側・小石がごろごろしている所
(? = 旧地図等に記載あるが位置に疑問あり、既存説、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
「パンケセップ川」河口から 1 km ほど沙流川を遡ったところで合流する東支流です。『北海道実測切図』(1895 頃) には「ピピ」と描かれています。


戊午日誌 (1859-1863) 「左留日誌」には次のように記されていました。

またしばしを過て
     ベンケヒイ
     イツカナイ
等何れも右の方也。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下』北海道出版企画センター p.69 より引用)
「ベンケヒイ」の意味は明記されていませんが、penke-pipi で「川上側・小石がごろごろしている所」と見て良さそうに思えます。

このあたりは川名が混乱している上に位置そのものも混乱しているのですが、これは松浦武四郎が記録した川の数が「一つ多かった」ことに起因するかもしれません。ただ「オタリマプ」が「パンケピピ」の別名だった、あるいはそもそも川の名前ではなく中洲の名前だったとすればスッキリ解決する……かもしれません。

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