(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
額平川(ぬかびら──)
nokan-pira?
細かい・崖
細かい・崖
(? = 旧地図等に記載あり、独自説、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
沙流川の最大の支流で、中流部に 2022 年に完成した「平取ダム」が存在します。陸軍図には「額平川」と描かれていますが、『北海道実測切図』(1895 頃) には平取町芽生のあたりに「ヌカピラ川」と描かれています。「形像のある崖」説
永田地名解 (1891) には次のように記されていました。Nuka pira ヌカ ピラ 形跡アル崖山田秀三さんの『北海道の地名』(1994) には更に詳細が記されていました。
合流点東岸上手に崖があって,その上の部分に半円形の形像が見える。文化神オキクルミの妹が天に上る時に忘れていった箕 だという。それでムイ・ノカ(箕・の形像)と呼ばれているとの事。
(山田秀三『北海道の地名』草風館 p.365 より引用)
「合流点」とありますが、これは「沙流川本流と額平川」の合流点とのこと。「額平」は noka-pira で「形像・崖」だとあります。地理院地図には、額平川を 2 km ほど遡ったところの南岸に、「ピリカノカオキクルミのチャシ及びムイノカ」と記されたスポットが、何故か複数描かれています。
山田さんは「この姿も萱野さんに案内してもらって教わった」と記していて、ここまで見る限り一点の曇りも無さそうに思えます。
「額平川」と「貫気別川」
ただ、松浦武四郎の記録を見ていくと、ちょっと様相が変わってきます。現在は沙流川の支流が額平川で、額平川の支流として「貫気別川」が存在することになっていますが、ところが戊午日誌 (1859-1863) 「左留日誌」には次のように記されていました。
ヌツケヘツの部
此巻はサル川すじの支流ヌツケヘツ川すじを誌るすが故に、ヌツケヘツ誌ともすべけれども、其川口はサルフトえ落るが故、別に表題を別たずしてサル日誌となし置。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下』北海道出版企画センター p.13 より引用)
「サル川すじの支流ヌツケヘツ川すじ」とあり、ここでは「ヌツケヘツ」(=貫気別川)が戊午日誌「左留日誌」の記述はちょっと面倒なことになっていて……
ヌツケベツフト
またヌカビラフトとも云り。前巻に志るすヘテウコヒの事なり。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下』北海道出版企画センター p.13 より引用)
これは沙流川の「貫気別川河口」は「額平川河口」とも言うよ……と読み取れます。河川において本流と支流が名前を共有するということは滅多にないと思うのですが、ちょっと面白い現象ですね。「額平」はどこのことか
「額平」の地名解ですが、戊午日誌「左留日誌」には次のように記されていました。扨また二股より左りの方川巾凡弐十七八間有り。是も十五六丁を上り見分致し帰りたりけるが、此方を
ウカヒラ
と云本名ヌカヒラの由也。其名義は昔し爺二人婆一人レヽヱカニと云て、まがり刎て歩行しと云が故に如レ此号しと云へり。其訳未だしらず。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下』北海道出版企画センター p.29-30 より引用)
前述の通り、戊午日誌の「左留日誌 巻の三」は「ヌツケヘツの部」で、この「ウカヒラ」は「ヌツケベツ村」(=平取町貫気別)の先で出てきます。この描かれ方は「貫気別川との合流点より上流側が『ウカヒラ』」であるようにも見えますが、松浦武四郎は現在の平取町貫気別のあたりを「二股」と記録し、そこから「一字下げ」で「ヌツケベツ」とのその支流を記録しています。「箕の形の岩崖」の初出は
かなりややこしいことになっているので、改めて箇条書きにすると……- 平取町荷負で沙流川に合流するのは「ヌツケベツ」で、またの名が「ヌカビラ」である
- 「ヌツケベツ」と「ヌカビラ」は二股(平取町貫気別)で合流する
- 「ヌツケベツ」は「ヌカビラ」の支流である(一字下げ)
- 「ウカヒラ」(ヌカビラ)は本流だが、二股(平取町貫気別)より上流の名前(かもしれない)
……箇条書きにしてもややこしいですね(汗)。そもそも 1. と 3. は矛盾していますし、4. については恣意的な読み方かもしれません。あともう一つ、重要なポイントを追記すると……
- 箕の形の岩崖の話は出てこない
という点です。松浦武四郎の記録が完璧だとは言いませんし、インフォーマントの選択でハズレを引いたのかもしれません。ただ noka(形像)の話の初出が『永田地名解』であるという点に……どことなく胡散臭さを感じるんですよね(言い切ったな)。
というわけで
「じゃあ『ヌカビラ』はどういう意味なんだよ」とお叱りを受けそうですが、nokan-pira で「細かい・崖」だったんじゃないでしょうか。平取町芽生から平取ダムのあたりにかけて、細切れになった崖が点在しているようにも見えるので……。‹ 前の記事
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