2026年2月21日土曜日

‹  前の投稿

北海道のアイヌ語地名 (1350) 「ルオマナイ川・ダイケシ川・オボウシナイ川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

ルオマナイ川

ru-oma-nay
路・そこにある・川
(旧地図等に記載あり、既存説、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
沙流川歴史館」の対岸あたりで沙流川(にぶたに湖)に合流する西支流です。『北海道実測切図』(1895 頃) には「クルマッオマナイ」と描かれていますが……


ところが『東西蝦夷山川地理取調図』(1859) を良く見てみると、「クロマトマナイ」の隣に「ルヲマナイ」が描かれていました。


戊午日誌 (1859-1863) 「左留日誌」には次のように記されていました。

また少し上りて
     ルヲマナイ
西岸小川。此辺皆崖なり。其名義は此川まゝ路有りと云儀のよし也。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中』北海道出版企画センター p.686 より引用)
やはりと言うべきか、ru-oma-nay で「路・そこにある・川」と見て良さそうな感じですね。この川を遡って分水嶺を越えると(鵡川の支流の)「中の沢川」で、むかわ町有明の北に出ることができます。

ダイケシ川

tay-kes-oma-p
林・端・そこにある・もの(川)
(? = 旧地図等に記載あり、既存説に疑問あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
国道 237 号の「看々橋」の川向かい(西側)で沙流川(にぶたに湖)に合流する西支流……の筈ですが、国土数値情報では何故か「ダイケシ川」が複数存在することになっています。

北海道実測切図』(1895 頃) にはそれらしい川が見当たらないのですが、『東西蝦夷山川地理取調図』(1859) には「タイケシ」と描かれていました。


戊午日誌 (1859-1863) 「左留日誌」には次のように記されていました。

またしばし過て
     タイケシ
此辺山峻しくして岸皆岩山也。西岸相応の川也。其名義は高山の端を歩行跡と云儀也。其源はムカワなるヌツハヲマフと合するよし也。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中』北海道出版企画センター p.687 より引用)
やや疑問の残る解釈ですね……。永田地名解 (1891) も見ておきましょうか。

Tai kes omap   タイ ケㇲ オマㇷ゚   林端
永田方正北海道蝦夷語地名解』国書刊行会 p.230 より引用)
こちらはいかにも永田地名解らしいというか、いかにも「ありそうな形」になっています。これが調査結果をそのまま記したものなのか、あるいは永田方正が「良かれ」と思って整形したものなのかは不明ですが、tay-kes-oma-p であれば「林・端・そこにある・もの(川)」となりそうですね。

まぁ、大きく間違えているということは無いと思うのですが、-oma-p という形で記録しているのが永田地名解だけなので、念のため「?」を一つ残しておきます。

オボウシナイ川

o-pa-us-nay?
河口・かみて・ついている・川
(?? = 旧地図等に記載あり、独自説、類型未確認)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
「ダイケシ川」の北東隣を流れる川で、沙流川(にぶたに湖)に合流する西支流です。『北海道実測切図』(1895 頃) には「プイヌプリ」と描かれているように見えますが、これは山の名前のような気もしますね……。


東西蝦夷山川地理取調図』(1859) には「ヲホウシナイ」と描かれていたので、やはり「プイヌプリ」はなにかの間違いと見るべきでしょうか。

「銛で魚を突くところ」?

戊午日誌 (1859-1863) 「左留日誌」には次のように記されていたのですが……

またしばし過て
     ヲホウシナイ
西岸山間の渓川也。相応の巾有。其名義は括槍を以て魚を突に多くとると云儀のよし也。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中』北海道出版企画センター p.687 より引用)
えー……? 槍や銛(の柄)を意味する op という語がありますが、これは名詞なので op-us-nay であれば「銛・多くある・川」となってしまいます。

「ガスの多い川」?

ということで永田地名解 (1891) を見てみたところ……

Opa ush nai   オパ ウㇱュ ナイ   霧川 「」ハ瓦斯ナリ、川尻ニ瓦斯多シ故ニ名ク松浦地圖「ヲホウシナイ」ニ誤ル
永田方正北海道蝦夷語地名解』国書刊行会 p.230 より引用)
あれ、これはどっかで見たな……と思ったのですが、平取本町の「オバウシナイ川」と全く同じですね。

o-pa-us-nay

さてどっちを推すか……という話になりそうですが、どっちも少々納得が行かないというのが正直なところです。「深くある」を意味する ooho という語もありますが、ooho-us で受ける形はあまり目にしないような気もします。

地名アイヌ語小辞典』(1956) には opasi という項目があり、そこには次のように記されていました。

opasi オぱシ 【ビホロ】川下に。~ an「川下に──いる」。[<o(尻を)pa(川下)usi(につけている)]
知里真志保『地名アイヌ語小辞典』北海道出版企画センター p.78 より引用)
「ビホロ」とありますが、少なくとも文法的にはどのエリアでも通用しそうな気がします。pa は「川下」とありますが、「頭」だったり「崎」だったり、あるいは「かみて」だったり「岸」だったり、様々な解釈ができます。「頭」を除けばだいたい「末端」というニュアンスに近い感じでしょうか。

現在は「にぶたに湖」ができてしまったので地形が把握しづらくなったのですが、陸軍図を見てみると……


あー、これは色んな意味で o-pa-us-nay ですね(ぉぃ)。o-pa-us-nay は「河口・かみて・ついている・川」か、あるいは「河口・崎・ついている・川」と捉えたいところです。

「かみて」がやや謎めいていますが、ちょうど沙流川西岸の平野が終わるところなので、sar-pa(葭原のかみて)とか nup-pa(野原のかみて)が略されたのかもしれません。

それはそうと、どことなく平取本町の「オバウシナイ川」とも地理的特徴が似てるような気がするんですよね……。

前の記事

www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International

0 件のコメント:

新着記事