2026年2月27日金曜日

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北海道のアイヌ語地名 (1352) 「オパラダイ川・シクケンオマナイ川・トウナイ川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

オパラダイ川

para-tay?
広い・林
(? = 旧地図等に記載あり、既存説に疑問あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
平取ペナコリの西で「にぶたに湖」に西から注ぐ川です。『北海道実測切図』(1895 頃) には「パラタイ」と描かれています。


東西蝦夷山川地理取調図』(1859) には「ハラタナイ」と描かれていました。


戊午日誌 (1859-1863) 「左留日誌」には次のように記されていました。

また其向
     ハラタイ
西岸小川也。其名義は山の中え入るや広きよゐ(林)と云事なりと。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中』北海道出版企画センター p.692 より引用)
永田地名解 (1891) にも次のように記されていました。

Para tai   パラ タイ   野林 平野ニ樹木アル處松浦地圖「ハラタナイ」ニ誤ル
永田方正北海道蝦夷語地名解』国書刊行会 p.230 より引用)
para-tay であれば「広い・林」と見て良さそうですね。「ハラタナイ」とあるのは少々謎ですが、para-tay-nay で「広い・林・川」ということでしょうか。文法的には違和感がありますが、taynay の間に存在した何らかの動詞が失われてしまった……と言ったところでしょうか。

現在は何故か「パラダイ川」となっていますが、「オ」がどこから出てきたのかは謎です。

シクケンオマナイ川

sir-kes-oma-nay
断崖・端・そこにある・川
(旧地図等に記載あり、既存説、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
「オパラダイ川」の北隣を流れる川で、西から「にぶたに湖」に注いでいる……とされます(川名は国土数値情報による)。『北海道実測切図』(1895 頃) には「シリケシオマナイ」と描かれていました。一発で正解を引いてしまった感もありますが……(汗)。


不思議なことに『東西蝦夷山川地理取調図』(1859) にはそれらしい川が見当たりません。また戊午日誌 (1859-1863) 「左留日誌」においても同様です。

陸軍図を見ると、沙流川に面した崖の端を流れているようにも見えます。sir-kes-oma-nay で「断崖・端・そこにある・川」と見て良さそうな感じでしょうか。現在の「シクケンオマナイ川」は「シリケシオマナイ」を誤読しちゃった……のでしょうね。


トウナイ川

{tun-nay}?
{谷川}
(? = 旧地図等に記載あり、独自説、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
国道 237 号の「額平橋」の西に「二風谷ダム管理橋」がありますが、そのすぐ北東(上流側)で沙流川に注ぐ西支流です。

北海道実測切図』(1895 頃) には、何故か「アノセㇷ゚」と描かれているように見えます。「アノセㇷ゚」というのもよくわからないネーミングですが、不思議なことに同名の川?が北東(額平川合流点よりも北)にも描かれています。何らかの錯誤があった可能性を想起させますね。


東西蝦夷山川地理取調図』(1859) には「ルウナイ」と描かれているようにも見えますが……


戊午日誌 (1859-1863) 「左留日誌」には次のように記されていました。

またしばし過此辺東岸少し平山也。
     トウナイ
西岸平山にして、川口に小さき沼有によつて号るとかや。其上椴木立原有る也。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中』北海道出版企画センター p.692 より引用)※ 原文ママ
どうやら「ルウナイ」は「トウナイ」の誤記だった可能性がありそうですね。to-nay で「沼・川」だとありますが、これは……どうなんでしょう。陸軍図を見た限りではそれらしい沼は見当たらないので、むしろ {tun-nay} で「{谷川}」だったのではないでしょうか。

ただ、ちょっと気になるのが(国土数値情報によれば)「シクケンオマナイ川」と「トウナイ川」の間に無名の谷が存在するところです。tu-nay で「二つの・川」だった可能性も考えたくなります。

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