2026年2月23日月曜日

‹  前の投稿

「日本奥地紀行」を読む (184) 函館(函館市) (1878/8/13(火))

 

イザベラ・バードの『日本奥地紀行』(原題 "Unbeaten Tracks in Japan")には、初版(完全版)と、いくつかのエピソードが削られた普及版が存在します。今日は引き続き、普及版の「第三十三信」(初版では「第三十八信」)を見ていきます。
この記事内の見出しは高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』(中央公論事業出版)の「初版からの省略版(普及版)の削除部分を示す対照表」の内容を元にしたものです。この対照表は、高梨謙吉訳『日本奥地紀行』(平凡社)および楠家重敏・橋本かほる・宮崎路子訳『バード 日本紀行』(雄松堂出版)の内容を元に作成されたものです。

社会的退屈

普及版の「第三十三信」は「風光」「風の都」「奇異な屋根の波」だけで終わっていますが、初版(完全版)の「第三十八信」はその後に「社会的退屈」「伝導拠点」「無秩序なミサ」「日々の説教」「仏教寺院」「仏教の説教」と題されたセンテンスが続いていました。これらは軒並み「普及版」でカットされた訳ですが、大半の内容が宗教に関するもので「奥地紀行」とは直接関係ないため、まぁカットされたのも当然の帰結でしょうか。

イザベラは函館に居住する外国人が 37 人いる……とした上で、「道徳や行状上の対立があるため社交的な交際はほとんどなく」と続けていました。同じ外国人なんだから仲良くすればいいのに……と思ったりもしますが、どのような相違が彼らの関係を冷え切ったものにしたのか、ちょっと気になるところです。

イザベラによると、9 月の末には「訪問者」が去り、長い冬が始まったあとは退屈な日々が続くとのこと。その代わりに夏の間は活況を呈していたようです。

 しかし今のような夏には頻繁に西洋の軍艦の出入りや健康志向の外国人──彼らは活火山であるコモノタケ[駒ヶ岳]の麓に横たわる幾つかの美しい湖や名ばかりの道都である遥か内陸の札幌までも冒険に出かける──の訪問があり活気づいています。
(高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』中央公論事業出版 p.134 より引用)
「コモノタケ」とありますが、原文では Komono-taki となっていました。これは文脈から読み取らないと訂正が難しそうですね。また「名ばかりの道都」という表現がありますが、これは the nominal capital を訳したもののようです。

要は the capital を「道都」と訳したことになりますね。時岡敬子さんは「首都」ならぬ「主都」と訳していましたが、「道都」のほうがより一般的な言い回しであるようにも思われます。

函館における外国人の娯楽としては、他には以下のものが紹介されていました。

 他には、山に登るか、開拓使庁の実験農場の一つであるナナイ[七飯]を見に行くか、シギ撃ちに行くだけが、気晴らしなのです。
(高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』中央公論事業出版 p.134 より引用)
登山とシギ撃ちは「わかる」のですが、「気晴らしに開拓使の実験農場を見に行く」というのは、なかなか渋い趣味?なのでは……。

伝道拠点

続いては「伝導拠点」と題されたセンテンスが続きますが、原文では Mission Agencies とのこと。あと「そう言えば」という話ですが、原文では「第三十八信」自体に The Mission Work というサブタイトルがつけられていたのですが、面白いことに各種の和訳本ではどれもこの手のサブタイトルが無視されているんですよね。

 ここに伝道拠点のある四つの教会組織は教会の会堂を建てています。そのうち、カトリック教会は最も大きく、最も飾りたてられたギリシャ正教[ロシア正教]教会の壁は絵画で覆われています。
(高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』中央公論事業出版 p.134 より引用)
なるほど、「四つの教会組織」がそれぞれ宣教師を派遣していたのですね。「道徳や行状上の対立がある」というのも、なんとなく理解できそうな気もします。

ここまでは、ロシア正教は改宗に関しては大成功をおさめていますが、ニコライ神父がたった一人で、4、5 人の現地の助手を任命してやってきたのです。
(高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』中央公論事業出版 p.134 より引用)
ロシア正教は千島でも熱心に伝道活動を行っていて、少なからぬ千島アイヌがロシア正教に帰依したと聞いた記憶もあります。近藤重蔵が択捉島に「大日本恵登呂府」の標柱を建てたことが知られていますが、実はその設置の際に「ロシアの建てた標柱を撤去した」という話もあるとのこと。

父親が牧師で、「奥地紀行」でもカトリック教会の支援を受けていたイザベラとしては、もちろんスポンサーへの配慮もしっかりと行っていました。

最近数人の「シスター」が到着してカトリックの伝道に加わりましたが、多分伝道にはずみがつくでしょう。
(高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』中央公論事業出版 p.134 より引用)
イザベラによると、「CMS」こと Church Mission Society英国聖公会宣教協会)は「どちらかといえば新参者」とのこと。

今私が滞在している家のデニング氏とサムライ階級出身の際立ってかしこい現地の福音伝道者である小川氏が担当しています。
(高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』中央公論事業出版 p.134 より引用)
歯の浮力で体全体が浮き上がりそうな勢いですね……(汗)。

しかし、蝦夷は仏教徒の地で、その一つの場所である大野では非常に反発が強い。
(高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』中央公論事業出版 p.134 より引用)
高畑さんは翻訳の専門家では無い(と思う)からか、ちょくちょく文体がブレることがあるような……。「蝦夷は仏教徒の地」とありますが、道南は早くから和人の居住が認められた「和人地」であり、「蝦夷は仏教徒の地」という言い回しは若干主語が大きすぎるようにも思われます。

イザベラは「荷駄用の子馬」に乗って大野に向かいます。

 私たちは荷駄用の子馬に乗って、探検旅行に行きました。「蝦夷登り」と呼ばれるのに適当な歩調で行ける路がずうっと続いています。
(高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』中央公論事業出版 p.134 より引用)
「蝦夷登り」は、原文では Yezo Scramble と表現されていました。「適当な歩調で行ける」は at a pace felicitously とのこと。

土地の主部と頭に当たる部分を繋ぐ土地の首にあたる部分を過ぎると、輝かしい太陽の光を浴びながら、砂地を行く、楽しい乗馬旅行でした。
(高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』中央公論事業出版 p.134 より引用)
なんか原文の紹介ばかりになっちゃってますが……(汗)。原文では After leaving the neck of land which unites the headland with the mainland とあります。これは函館駅のあたりから七重浜に向かっていた、ということでしょうか……?

 砂地の荒川村から、風光の美しい村落、非常に美しい森林に囲まれた田舎を通って大きな村である大野へと乗馬道は導かれます。
(高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』中央公論事業出版 p.134-135 より引用)
この「砂地の荒川村」が謎なのですが、地図を眺めてもそれらしい地名を見つけられません。あ、もしかして「有川埠頭」の「有川」でしょうか? 原文が the sandy village of Arakawa となっているのが諸悪の根源なのですが……。

「大野」と言えば現在の北斗市(旧・大野町)ですが、イザベラは次のように記していました。

そこには政府から配給されたたくさんの外国の木々や花々が生い茂っています。
(高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』中央公論事業出版 p.135 より引用)
イザベラは何度か「ナナイの実験農場」のことを記していますが、『七重官園』は現在の七重小学校の近くに存在したとのこと。大正時代の『陸軍図』ではその跡を確認できないのですが、これは 1894 年に既に廃止されていたからかもしれません。


一方、イザベラが向かった大野には農事試験場があり、現在も「北海道立道南農業試験場」として存続しているようです。イザベラはこの農業試験場に向かった、ということなんでしょうか……?


大野の近くには、カシワの一種の丈夫な葉をえさにしている山繭の丈夫な絹の生産の操業をしている官営の工場があります。
(高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』中央公論事業出版 p.135 より引用)
「山繭の丈夫な絹の生産」というのは「製糸工場」かと思ったのですが、どうやら「大野養蚕場」が存在していたとのこと。時岡敬子さんの訳も若干ニュアンスが異なるように見えるので、これは原文に当たるべきですね。

Near Ono there is a Government factory, where they are utilising the strong silk of the mountain silk-worm, which feeds on the tough leaves of a species of oak.
(Isabella L. Bird, "Unbeaten Tracks in Japan" より引用)
これは……敢えてケチをつけるならばイザベラの文章そのものに対してでしょうか。間違っている訳では無さそうですが、どうにも意味が掴みづらいように思えます(自分には)。高梨謙吉さんなら訳文をしれっと三つに分割しそうな予感も……。

前の記事

www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International

0 件のコメント:

新着記事