(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
厚真(あつま)
at-tomam
もう一方の・湿地
もう一方の・湿地
(旧地図等に記載あり、既存説、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
厚真は苫小牧と鵡川の間の町で、市街地はやや内陸側に存在します。苫小牧東港フェリーターミナルの所在地で、JR 日高本線には「浜厚真駅」が存在しますが、どちらも海沿いなので町の中心部からは少し離れています。「アツマは集まる」「モモンガが泳ぐ」
昔からある海沿いの地名なので記録も豊富にあります。秦檍麿の『東蝦夷地名考』(1808) には次のように記されていました。一 アツマベツ
アツマは集る語なり。
(秦檍麿『東蝦夷地名考』草風館『アイヌ語地名資料集成』p.22 より引用)
……。いきなり画期的な解から始まってしまいましたが、上原熊次郎の『蝦夷地名考幷里程記』(1824) には……アヅマ 小休所 川舟渡
夷語アツマなり。則、もゝがの游くといふ事。扨、アツとはもゝがと申獣の事。マーとは游く、又は焼る等と申事にて、昔時もゝが此川を游き渡りしを夷人見しより地名になすと云ふ。
(上原熊次郎『蝦夷地名考幷里程記』草風館『アイヌ語地名資料集成』p.52 より引用)
「モモンガが泳ぐ」なのだとか。実は『地名アイヌ語小辞典』(1956) にも次のようにあるんですよね。at, -i/-u あッ ①オヒョーニレの樹皮。
(知里真志保『地名アイヌ語小辞典』北海道出版企画センター p.9 より引用)
まぁ、地名に出てくる at は「アツシ」(アットゥシ)の原材料となる「オヒョウ(ニレ)」の樹皮を指すことが多いのですが、『小辞典』をよーく見ると……②ひも。③モモンガー。
(知里真志保『地名アイヌ語小辞典』北海道出版企画センター p.9 より引用)
実は最後の最後に「モモンガー」とあります。日本には「ニホンモモンガ」という固有種がいるようですが、これは青森以南に生息していて、北海道に生息するモモンガは「タイリクモモンガ」の亜種の「エゾモモンガ」とのこと。「モモンガちゃう? 知らんけど」
戊午日誌 (1859-1863) 「安都摩日誌」には次のように記されていました。其名義元は名なき川なりしが、和語もゝかと申獣、是夷言にてアツといへり。其獣爰を游ぎ渡りしより号とかや。マは夷語渡ると云事也。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中』北海道出版企画センター p.455 より引用)
ここでも「ももんが」説のようです。なお『地名アイヌ語小辞典』には ma は「①《完》 泳ぐ。②《不完》 炙る」とあります。at-ma で「ももんが・泳ぐ」ということになる……のでしょうか。ただ、ちょっと気になる記述が続いていました。
今此名義を同所乙名どもも尋ねたれども不レ解しと。サル場所なるヒラカ村の惣乙名バフラ其由を申伝えたり。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中』北海道出版企画センター p.455 より引用)
ほー……。要するに松浦武四郎は「『モモンガ』らしいで。知らんけど」と聞かされていた……ということでしょうか。また、松浦武四郎は「エゾモモンガ」のことを知らなかったようで……
もゝか 如何なる獣か、是恐らくは東奥の方言なるべきが、当節蝦夷地に一疋も見当らざる獣なり。余案ずるに、羚羊のこと か、むかし蝦夷地にも羚羊が有りしと申由を云伝ふ也。また案ずるに猪の類か。江戸にて猪肉をもゝんじと云けるも、少しは因み有る哉と覚ふ。何れ土人も和語と申伝ふは、津軽南部の言語なるべしと思ふ。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中』北海道出版企画センター p.455 より引用)
「おひょう(ニレ)のあるところ」
この「モモンガちゃう? 知らんけど」という風潮に一石を投じたのが永田方正で……Atomap,=at oma-p アトマㇷ゚ 楡アル處 「アッ」ハ「アットシ」ヲ織ル樹ノ名「オマ」ハ有ル、「プ」ハ處ノ義「プ」ノ發音殆ント無聲ナリ故ニ和人ハ「アヅマ」ト訛ルナリ
舊説「アツマ」ハ鼯鼠 ガ川ヲ游ギシ處ノ義又「アッ」ハ木鼠ノ義ナドアルハ誤リナリ今厚眞 村ト稱ス
(永田方正『北海道蝦夷語地名解』国書刊行会 p.208 より引用)
永田地名解 (1891) が饒舌になったときは珍説奇説を展開することが多い印象があるのでちょっと身構えてしまいますが、これは穏当な感じがします。『北海道駅名の起源』(1973) にも次のようにありました。
浜厚真(はまあつま)
所在地 (胆振国)勇払郡厚真町
開 駅 大正 2 年10月 1 日(苫小牧軽便鉄道)
起 源 もと「厚真(あつま)」といったが、この地が海岸にあるため、大正14年11月15日「浜」をつけた。「厚真」はアイヌ語の「アトマプ」すなわち「アツ・オマ・プ」(オヒョウのある所)から出たものである。
(『北海道駅名の起源(昭和48年版)』日本国有鉄道北海道総局 p.88-89 より引用)
永田地名解を追認した感じですね。「湿地に葦の繁茂するところ」
更科源蔵さんの『アイヌ語地名解』(1982) には次のように記されていました。語源のアヅマは町勢要覧によればアツトマで「湿地に葦の繁茂するところの意」だという。
(更科源蔵『更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解』みやま書房 p.74 より引用)
また新しい解釈が飛び出しましたが……またえ ぞ も も ん が (むささび)をアツマというので、この動物が厚真川を泳いだから名づけられたともいうが、いずれもうたがわしい。
(更科源蔵『更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解』みやま書房 p.74 より引用)
更科さんは「湿地に葦の繁茂するところ」と「エゾモモンガが泳いだ」のどちらも「疑わしい」として、「おひょうの木のあるところ」が語源らしい……としていました。「もう一方の湿地」
確かに「エゾモモンガが泳いだ」は無いだろう……と思うのですが、一方で「おひょう(の樹皮)のあるところ」というのも「話がうますぎやしないか」と疑いたくなります。他人のことをとやかく言えた義理ではないのですが、「アツマ」という地名に対して「ありそうな解釈」をひねり出してきただけなんじゃないかと……。語頭の at は「おひょう(ニレ)の樹皮」「ひも」「モモンガ」だけではなく、ar(もう一方の)が音韻変化した可能性もあります。「r は,t の前では,それに引かれて t になる」という法則があるのですが、ar が at に化けるには toma か choma あたりが後ろに来る必要がでてきます。……あ。
toma(エゾエンゴサクの球根)ではなく tomam(湿地)だとすれば……! 「もう一方の湿地」があるならば「湿地」もあるはずですが、かつては勇払川から安平川にかけて巨大な湿地が広がっていました。
ということで「アツマ」は at-tomam で「もう一方の・湿地」だったのでは……と考えてみたのですが、ふと『地名アイヌ語小辞典』を眺めていたところ……
[イブリ国ユウフツ郡アズマムラ(厚真村)の原名の Atma は従来 At-oma-p「オヒョーニレ・ある・所」から出たとされているが,本当は At-tomam「川向うの・やち」の訛であるらしい。]
(知里真志保『地名アイヌ語小辞典』北海道出版企画センター p.148 より引用)
は……!? 既に知里さんが同じ結論に達していたとは……。まぁショッキングではありますが、完全に同じ結論に辿り着いたというのは光栄ではありますね。‹ 前の記事
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