2011年11月23日水曜日

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隠岐ジオパークの旅 (63) 「ラフカディオはん」

 


今週の補足トリビア

隠岐の島は島前の各島を結ぶ「内航船」の「フェリーどうぜん」について、ちょいとだけどうでもいい補足を……。

こちらが、右舷の「客室」です。


海側には窓が並んでいて、反対側には窓が無いのですが、この窓が無い壁の向かい側が


この壁です(車両甲板から見て、この壁は左右両方にあります)。この構造のおかげで、車両甲板の真ん中あたりでは左右とも何も見えない、ということになってしまいます。

分刻みで海士町に!

さて、余談はこの辺にしまして……。10:37 に別府港を出た内航船は、予定通り 10:49 に菱浦港に到着しました。「37」とか「49」とか、運行スケジュールが分刻みなのが凄いですね(5 分刻みとかではなく)。


海士(あま)町に初上陸です!

隠岐と言えば「後鳥羽上皇」

海士町に何をしに来たかと言えば……、とりあえず後鳥羽上皇の足跡を辿ってみよう、といったところです。というわけなので、まずは海士町の「隠岐神社」を目指します。


いきなり片側交互通行で信号待ちになっちゃいました。仕方がないので周りを眺めていると……


おや。何ですかねこれは。「八雲来島百年 愛蘭土大使友好碑」とあります。

……の前になぜか小泉八雲

「八雲」と言えば北海道……ではなく、「小泉八雲」こと「ラフカディオ・ハーン」のことだと思うのですが、ふーん、小泉八雲も海士町に来ていたんですね。「愛蘭土」って Island のこと? と思ったのですが、正解は Ireland のことでした。ラフカディオ・ハーンってアイルランド人だったのですね(今知った)。

当時はイギリス領であったレフカダ島(1864年にギリシャに編入)にて、イギリス軍の軍医であったアイルランド人の父と、レフカダ島と同じイオニア諸島にあるキティラ島出身のギリシャ人の母のもとに出生。アイルランド・ダブリンで主に幼少時代を過ごす。
(Wikipedia 日本語版「小泉八雲」より引用)

ほー。さすがはヨーロッパ、インターナショナルな感じですねー

ファミリーネームは来日当初「ヘルン」とも呼ばれていたが、これは松江の島根県立中学校への赴任を命ずる辞令に、「Hearn」を「ヘルン」と表記したのが広まり、当人もそのように呼ばれることを非常に気に入っていたことから定着したもの。ただ、妻の節子には「ハーン」と読むことを教えたことがある。
(Wikipedia 日本語版「小泉八雲」より引用)

なるほど……。「節子、それ『ヘルン』とちゃう。『ハーン』や」などと言っていたのでしょうか。

HearnもしくはO'Hearnはアイルランド南部では比較的多い姓である。
(Wikipedia 日本語版「小泉八雲」より引用)

とりあえず、苗字が "O'" で始まったらアイルランド系というのが基本です。ですから、トーマス・オマリーはアイルランド系関西人が正解です。

「八雲」は、一時期島根県の松江市に在住していたことから、そこの旧国名(令制国)である出雲国にかかる枕詞の「八雲立つ」に因むとされる。
(Wikipedia 日本語版「小泉八雲」より引用)

ふむふむ、なるほど。

  • 日本名「八雲」については「音読みにするとハウンになる」こととの関連を指摘されることが多い。この説は古くからあったようで、教え子の田部隆次は早稲田大学の委嘱で書いた伝記「小泉八雲~ラフカディオ・ヘルン~」の中でわざわざ「八雲はハウンに通じるという考えは少しもなかった」と明記している。
(Wikipedia 日本語版「小泉八雲」より引用)

これはまたトリビア的なトリビア(再帰的用法)ですね。似たような話に「半村良、イーデス・ハンソン由来説」もありますが、

ペンネームは、イーデス・ハンソン(良いです、半村)に由来するのではないかとよく言われるが、実際は薬品のネーミング法などをヒントに語呂の良いものを選んだのだという。ちなみに、イーデス・ハンソン説については、小松左京の言い出した冗談を、本人が特に否定しなかったために広がったという説が有力。
(Wikipedia 日本語版「半村良」より引用)

ということで、ガセネタですのでご注意を。

……こんな調子ですから、いつまで経っても話が進まないんですよね。ま、いっか(開き直った)。

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