2017年7月1日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (450) 「折戸・スルカイ岳」

 


やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

折戸(おりと)

和名?
「降りる・処」


旧・熊石町の南端にある地名で、相沼内川の向こうは「熊石相沼町」です。「折戸」も正確には「熊石折戸町」になりますね。

この「折戸」ですが、「竹四郎廻浦日記」には次のように記録されています。

     タチマチ
 此処少しの岩壁さき也。廻りて相澗、泊り川見ゆる座。此岬クロ岩と対して一湾をなす。
     ヲリトサキ
 越て戎の社有。当村の産神也。廻りて
     ヲリト坂下村
此処人家十七八軒。少しの浜も則相沼内の村分也。
松浦武四郎・著 高倉新一郎・解読「竹四郎廻浦日記 上」北海道出版企画センター p.257 より引用)

ということで、割と古くから「ヲリト」という名前だったことが伺えます。

「折戸」という地名は割とあちこちにあるらしく、例えば大沼から鹿部に流れる川の名前も「折戸川」です。この「折戸川」については、山田秀三さんが次のような説を唱えていました。

従来アイヌ語かとも書かれたが,これは日本語地名であろう。だいたいが丘から海岸に出て来る通路の処にある地名なので「降り・処」ではなかろうかと思って来た。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.424 より引用)

ふーむ。現在の折戸……あ、「熊石折戸町」は、豊浜トンネル(以前に崩落事故を起こしたトンネルではありません)で抜けた先にあるのですが、もともと国道は「立待岬」経由のルートを通っていました(随分と昔の話ですが)。何を言いたいかと言うと、あまり「丘から海岸に出る通路」という印象を受けないのですね。

しかしながら、アイヌ語由来と考えるにも類型を思い出せません。or-o-to だとすれば「の中・にある・沼」となりますが、前に何かが略されていると考えないと訳がわからないですね。

完全に想像だけで試案を考えて見るなら、suwop-or-o-to とか面白そうです。これだと「箱・の中・にある・沼」となるのですが、確か更科源蔵さんあたりが to を海を解釈する流儀もあると語っていたような気がします。意図するところは、相沼内川を河口からまっすぐ遡って後ろを振り返ったならば、箱状の谷の先に海が見えるんじゃないか……というものです。

スルカイ岳

siri-ka-tay
山?・上・林


相沼内川の上流に「相沼湖」という湖があります。一見、自然にできた湖のようにも見えますが、相沼内ダムによって堰き止められたダム湖です。この相沼内ダム、なんと昭和 5 年の竣工なんだとか。昭和ヒトケタじゃないですか……(汗)。

「スルカイ岳」は相沼湖の東側にあります。手元の資料には「北海道地名誌」に記載がありました。嫌な予感しかしませんが、見てみましょうか。

 スルカイ岳 882.2 メートル 相沼内川の奥の山。意味不明。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.141 より引用)

あー……。やっぱりね……。

気を取り直して調査を続けましょうか。東西蝦夷山川地理取調図を眺めていたところ「シユリカタイ」という山があることに気がつきました。更には「ヌフリカタイ」という川も記されていますが、どうやらこの川は現在の「小川」あるいは「モロミ沢」のあたりを指しているように思われます。となると「シユリカタイ」が現在の「スルカイ岳」と考えて間違い無さそうです。

そう考えてみると、永田地名解に次のような記載があったことに気が付きました。

Pira ka tai   ピラ カ タイ   崖上ノ林
Nupuri ka tai  ヌプリ カ タイ  山上の林
Shiri ka tai   シリ カ タイ   髙處ノ林
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.147 より引用)

見事に三部作が完成していました。「スルカイ岳」は siri-ka-tay で「山・上・林」となるのでしょうか。若干気になるのが nupuri-ka-tay でも「山・上・林」となり、また、他に訳しようが無いからか、siri-ka-tay のほうを「高所の森」として不自然さを繕っているかのようにも見えます。

また、知里さんの「──小辞典」を見たところ、nupuri-kitay で「山のてっぺん」という語彙が記されていました。ka-taykitay の類似性が気になるところです。

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