2010年10月5日火曜日

次の投稿 › ‹  前の投稿

アイヌ語地名の傾向と対策(番外編)「河川争奪」

 


気を取り直して「糠平」の回を始める前に……。かつて知里真志保先生は、その著書「アイヌ語入門」にて、「K 農学博士」に対して、かの「シロートはコワイ!」という名文句をぶつけていました。というわけで、私は「シロート」の更に上を行く「ど素人」として、よりテキトー極まりない説を発表したいと思います(!)。


毎日同じ地図の使い回しで失礼しますが(とか言いながら、実は少し手をいれていたり)、まずは「音更」と「士幌」の位置関係にご注目いただければと思います。実際はこの地図の通りで、「音更」が南側、北隣に「士幌」があって、この地図には出ていないですが「士幌」の北には「上士幌」があります。

一方、「士幌川」と「音更川」の位置関係が、これがまた微妙だったりします。大雪山の麓から帯広市に向けて北から南に流れる大河が「音更川」で、音更川の少し東側を並行して流れるのが「士幌川」です。但し、士幌川の水源は糠平よりも随分と手前なので、音更川と比べるとその長さは半分くらい、流域面積に至っては天と地ほどの差があります。どちらが大きい川か、と聞かれたら、間違い無く「音更川」が大きいと断言できます。

「音更川」vs「士幌川」

さて、ここで問題としたいのが、士幌川の水源です。


地図の中央部に川が二本見えますが、左が音更川、右が士幌川の源流です。ちょうど二つの川の間、本来だと「分水嶺」がそびえている筈の所に国道 273 号線が走っています。つまり、この二河川の間の「壁」は、実はとても低いということになります。

河川争奪?

この地形を見て考えたのですが、もしかすると、遠くない過去には、大雪山の麓から流れてきた水は、音更川ではなく士幌川に流れていた時もあったんじゃないかと。地理用語?で言う「河川争奪」という現象が起こっていたのではないかと。

河川争奪(かせんそうだつ)は、河川の流域のある一部分を別の河川が奪う(自らの流域に組み入れる)地理的現象のこと。特に珍しい現象ではなく、世界各地にその痕跡地形(河川争奪地形)が見られる。
(Wikipedia 日本語版「河川争奪」より引用)

ということなのですが、より面白い記載も見つかりました。

河川争奪が起こると、奪う側では急勾配の谷が形成されるのに対し、奪われる側では比較的平坦な地形となることが多い。こうした地形を片峠(かたとうげ)という。片峠の存在は、その地域で河川争奪が発生していた可能性が高いことを物語る。
(Wikipedia 日本語版「河川争奪」より引用)

等高線を読める方は是非ご確認いただきたいのですが、音更川の谷が比較的掘れているのに比べて、士幌川源流部の谷はあまり掘れていません。これは、河川争奪があったと考えてもおかしく無いと思えるのですが……。

シロートはコワイ!

「どこがアイヌ語?」というツッコミも出そうな気がするのですが、実は、この「河川争奪」のアイデアを想起させてくれたのが「オトフケ」「シホロ」なのですね。仮に「シホロ」が si-poro であれば、それは「大河の本流」とも言うべき意味になるわけで、大雪山の麓から流れ落ちてくる(比較的)大きな川の名前としても相応しくなりますし、一方で「オトフケ」が o-tu-pok-ke あるいは etu-pok-ke なのであれば、山鼻の麓に端を発する小河川の名前のほうが似合う気がします(詳しくは 10/3 の記事をどうぞ)。何よりも、街の名前としての「士幌」が「音更」より上流部に存在することも、これで説明がついてしまいます(強引だ!)。

まぁ、「音更川」と「士幌川」の河川争奪が過去にあったことは間違い無いとおもうのですが、si-poro だったり o-tu-pok-ke あるいは etu-pok-ke は誰もそんなことを言っていないオリジナルの説?なので、話半分に聞いて頂かないといけない類の内容ではあるんですけどね……(河川争奪は数千年のスパンで考えないといけないかもしれないわけで、そうであれば地名として残っている可能性は低いはず)。

でも、こういった大胆な?仮説をぶちまけることができるのもシロートの特権なわけで……。まさしく「シロートはコワイ!」わけです!

前の記事次の記事

www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International

2 件のコメント:

山口雅樹 さんのコメント...

河川争奪について。
音更川と並行しているのは士幌川でなくサックシュオルベツ川です。
地図を見てお分かりかと思いますが、士幌川はもっと東のほうにあります。
ちなみに士幌川の方は湧水川です(地図上の源流近くまで水が流れている)サックシュオルベツ川は湧水かどうかわかりませんが上士幌から上流はほとんど水量はありません。
地形図を見ると河川争奪の形跡はあまり無いかなぁと思います(あくまでもシロート判断で)ちなみに北海道で河川争奪の痕跡を地図で確認できる場所として増毛町の信砂(ノブシャ)川(周年禁漁河川で釣りができません)と北竜町の恵岱別川が該当します。もともと信砂川の源流だった所を恵岱別川が争奪した感じです。
ブログを見せていただいてますが、なかなか面白いです。時間を見てすべて見させていただきたいと思います。俺的解釈でコメントもさせていただきたいと思いますのでよろしくお願いします。

Bojan さんのコメント...

山口雅樹さん:

はじめまして。コメントありがとうございます。お礼が遅くなり失礼しました。
士幌川とサックシュオルベツ川の名前を取り違えていたようで大変失礼しました。信砂から恵岱別には昨年に一度通り抜けたことがあるのですが、これはまた見事な河川争奪の跡ですね!

サックシュオルベツ川と士幌川の上流部の様子もお教え下さりありがとうございます。士幌川が湧水の川だというのは初めて知りました。今後記事を書く際の参考にいたします。

それでは、今後共どうぞよろしくお願い致します。

最近の記事