2014年9月7日日曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (210) 「美里別・仙美里・追名牛」

 


やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

美里別(びりべつ)

本別町中部の地名で、本別町の中心部に向かって注ぎ込む支流の名前でもあります。このあたりの利別川の支流としては大きな方ですね。

では、まずは山田秀三さんの「北海道の地名」を見てみましょう。

美里別 びりべつ
 利別川の西支流。利別川筋最長の支流で(73キロ),本別市街の対岸に注いでいる。中流以上は足寄町内である。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.297 より引用)

ふむふむ。やはり利別川の支流の中では最大規模なのですね。

永田地名解は「ピリペ。美水。ピリカアンペの略語なりとアイヌ云ふ。然れども石狩アイヌの詞を以て解すれば,渦流の水と云ふ義にして,鮭鱒の集る好漁場なり」と書いた。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.297 より引用)

思いっきり孫引きですいません。永田地名解では二通りの解を記していて、pirka-an-pe で「美しい・ある・水」、あるいは pir-pe で「渦・水」だと言うのですが……(pir-pe よりも pir-pet で「渦・川」としたほうがより現実的かもしれませんね)。

山田さんは「まあこの 2 説があったとして置きたい。」として両論併記の立場を取りましたが、一方で更科源蔵さんは次のように記しています。

ピリカアンペよりもピリペッでうずまき川の意である。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.247 より引用)

残念ながら論拠は示されていないのですが、pir-pet で「渦・川」だと断定されています。確かに、どっちが川の名前として相応しいか? と考えてみると、やはり pir-pet と考えた方が無難であるように思えますね。

仙美里(せんびり)

本別町北部の地名で、同名の駅がかつて存在していました。「パンケ仙美里川」という川が近くを流れていますね。

では、今回は「北海道駅名の起源」から。

  仙美里(せんびり)
所在地(十勝国)中川郡本別町
開 駅 明治43年9月22日
起 源 アイヌ語の「パンケ・センピリ」(下流の陰)の下部をとったもので、利別川の支流にある陰の所である。
(「北海道駅名の起源(昭和48年版)」日本国有鉄道北海道総局 p.145 より引用)

ふむ。panke-sempir で「川下の・陰」ですか。パンケ仙美里川は、仙美里駅があったあたりから見ると、確かに山の向こう側に隠れてしまっているので、そこから sempir と呼ばれるようになったのでしょうか。

山田秀三さんの「北海道の地名」には、次のようにあります。

センピリ(senpir 蔭)といわれて来たが,それが何の蔭なのか分からない。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.299 より引用)

あー、やっぱそうですよねぇ。

安田岩城氏十勝地名解は,「アイヌ等熊害などを避けし時樹蔭或は岩かげにかくれし事ありしより此名ありといふ」と書いた。また十勝アイヌがこの辺で北の釧路アイヌ勢に逢い,蔭にかくれて逃れたとかの伝承を読んだようにうろ覚えしている。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.299 より引用)

ほうほう。確かにこのあたりは十勝アイヌと釧路アイヌの勢力が拮抗していたあたりと聞きますから、このようなストーリーが出てくるのもありそうな話です。ただ、この手の話は後付けっぽいものが多いのですが、

どれも後の説話であろうか。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.299 より引用)

あー、やっぱそうですよねぇ(二度目)。

せっかくなので、更科源蔵さんのご意見も伺っておきましょうか。

何故蔭とよぶのか不明である。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.248 より引用)

あー、やっぱそうですよねぇ(三度目)。

追名牛(おいなうし)

仙美里の集落から「開拓橋」で利別川を渡ると「追名牛」の集落があります。「オイナ」と言えば、道東では「ユカㇽ」(いわゆる「ユーカラ」)のことを「オイナ」と呼ぶのですが、果たして関係があるのか無いのか……。

山田秀三さんの「北海道の地名」には、次のようにあります。

オイナウス川は農業講習所の辺から流れる小流。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.298 より引用)

ふむふむ。どうやら「オイナウス」という音も伝わっているのですね。「シ」と「ス」の違いが曖昧だったのであれば、閉音節の s だった可能性もありそうです。

語義はオ・イナウ・ウシ(o-inau-ush そこに・木幣が・立っている)であったろう。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.298 より引用)

おー、そう来ましたか。o-inaw-us で「そこに・木弊・多くある」ということですね。

更科源蔵さんの解も同一だったのですが、もう少し詳しく記されているので、引用しておきますね。

アイヌ語オ・イナウ・ウㇱ(そこに木幣が沢山ある)で、鹿の天降るユㇰランタプリ(ママ)に、木幣(イナウ)をあける(ママ)祭壇のあったところと思う。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.248 より引用)

「イナウ」はアイヌが用いる祭具で、中川裕さんの「アイヌ語千歳方言辞典」には「柳やミズキを切って皮を剥き、木質部を削って房状にした祭具」とあります。「木弊」と書いたりしますが、これは神主さんが持っている大幣(おおぬさ)に見た目が似ているからなのでしょうね。祭事に用いられるところも共通点と言えるかもしれません。

追名牛は、そんな祭事が執り行われる場の一つだったのでしょうね。

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