2017年1月22日日曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (410) 「勝澗岬・大岩生川・ガロ川」

 


やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

勝澗岬(かつま?──)

kasi-{kas-u}?
その上・{上を越す}


美ノ歌から見て東北東に位置する岬の名前です。美ノ歌の東には「ナカハマ岬」と「湯ノ岬」がありますが、「勝澗岬」は湯ノ岬から海岸線を更に 1.5 km ほど先に進んだところにあります。

この「勝澗岬」ですが、東西蝦夷山川地理取調図には「カチカス」と記されています。ふむふむなるほど……と思ったのですが、西蝦夷日誌には更に踏み込んだ解が記されていました。

かじか洲(平磯)、此魚松前の方言にて虎魚(おこぜ)の一種也。是が多き故號(なづ)く。
(松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(下)」時事通信社 p.22 より引用)

は、はぁ(汗)。「カジカ」が多いから「かじか洲」ですか。一概に否定するわけにも行きませんが、もうちょっと別の解釈ができないか考えてみましょう。

……そうですね。勝澗岬のあたりは水面上に無数の岩礁が姿を見せているように見えます。ということで、kasi-{kas-u} で「その上・{上を越す}」と考えてみたのですが、いかがでしょうか?

kasi-{kas-u} が「カチカス」となり、「カチ」の音に「勝」の字が当てられて現在に至る……と言ったところでしょうか。岬の名前が西側の海岸の名前になり、そこに注ぐ川の名前に借用され、気がつけば川を遡った先の山の名前(勝澗山)になったと考えられそうです。

大岩生川(おおいわおい──)

iwaw-o-i
硫黄・多くある・もの(川)


勝澗山の東側を水源として、球島山の西側を北流して海に注ぐ川の名前です。奥尻北部の大河川の一つですね。

東西蝦夷山川地理取調図には「ユワヲイ」という記載がありました。また西蝦夷日誌には次のようにありました。

イワヲイ(小川)、ホンイワヲイ(小川)、轉太濱(ごろたはま)上に硫黄の氣有るコモマ(小川)
(松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(下)」時事通信社 p.22 より引用)

なるほど、「イワヲイ」と「ポンイワヲイ」があるように読み取れますが、確かに昔の地形図(北海道測量舎五万分一地形図)を見ると「大岩生」の東隣に「小岩生」という川が存在していたことが確認できます。

この「ユワヲイ」または「イワヲイ」ですが、iwaw-o-i で「硫黄・多くある・もの(川)」だと考えるのが自然でしょうか。2016/10/7 の記事でも記しましたが、奥尻の西部と北部には温泉がいくつもあり、硫黄も多く取れたようです。

ガロ川

英語 "gully"?
雨裂


一口に「北海道の地名」と言っても、その広さと歴史の多彩さ故に、思った以上に地域的な特色というものが如実に現れるものです(いきなりどうした)。特に「和人」の支配が及ぶのが早かった道南エリアには、道央から道東、道北には見られない地名も多く見られます。

道南エリアに偏在する地名の中でも最も特徴的なものの一つが、この「ガロー」でしょうか。苫小牧市の「樽前ガロー」が広く知られていますが、他にも島牧の「賀老の滝」なども有名ですよね。

この「ガロー」の意味するものですが、Wikipedia の「樽前ガロー」の項には次のように記されています。

ガローとは、切り立った崖という意味。
(Wikipedia 日本語版「樽前ガロー」より引用)

ほう。「切り立った崖という意味」とありますが、少なくともアイヌ語では解せないような気がします(アイヌ語だと chikep-pira とかでしょうか)。また、侵食地形のひとつである gully に由来するという説もあるようです。

奥尻の「ガロ川」

さて、奥尻の「ガロ川」の話題です。ガロ川は、勝澗岬から海沿いを 3.5 km ほど進んだところに注いでいます。「切り立った崖」と言えるかは、確かにそう言えなくも無いかな、という感じがします。

ただ、昔の地形図(北海道測量舎五万分一地形図)を見ると、現在の「ガロ川」のところに「ガロノ沢」とある他に、「湯ノ岬」の東側にも「ガロウ」という記載があります。こちらも「切り立った崖」と言えるかは(以下同文)

その他の「ガロウ」

「樽前ガロー」「賀老の滝」以外で思い出すことができたのが、赤井川の「賀老の沢」でしょうか。あと(twitter でご教示頂いたのですが)上磯(北斗市)には「峩朗鉱山」というセメント鉱山があるとのこと。これら各所の特徴ですが、「割と山の中」という以外にも、「松浦武四郎の各種記録には出てこない(ような気がする)」という、割と看過できないものもあります。

無理やりアイヌ語で考えてみると

古い記録が見当たらないというところからは、「ガロウ」= "gully" 説が俄然有力視されてくるのですが、もし、仮にアイヌ語に由来するのだとしたら……というお話です(今のところ、かなり弱気です)。

kar という動詞があります。これは「作る」「こしらえる」や「摘む」「採る」という意味があるのですが、「火を起こす」という意味もあります。そこから転じて「火打ち石」という名詞としても使われることがあったようです。

ということで、kar-o-pet で「火打ち石・多くある・川」と考えることができそうなのですね。「ガロウ」という地名が道南でしか見られない理由としては、「火打ち石で火を起こす」という江戸時代の風習が和人からもたらされたから……と考えると、何となくありそうな気もしてきますよね。

ただ、松浦武四郎の記録に出てこないことと、軒並み「ガ」の音で地名として残されていることはアイヌ語由来説にとってはマイナスになります。しかしながら、gully 説を正しいとすると、英語?由来の地形を示す用語が奥尻の山中まであまねく広まったと言うことになるので、これも「えー、本当かなぁ?」と思ってしまうんですよね。

画期的な新説

実は案外、近くに「学生街の喫茶店」があったからだとk(ry

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